子宮筋腫が大きくなって

今年になって、子宮筋腫がどんどん大きくなって、来春には手術の予定です。
赤ちゃんがいるみたいに、まるまる、ゴロゴロ。

異物感と、あと、あちこち押しているのか、痛いのです。子宮筋腫は痛くないのですが、体勢によって押される部分が出てくるので。

ブログを始めた頃はまだ30歳そこそこ。
44歳で、子宮筋腫に困っているころに、まだブログをやっているなんて
想像もしていなかったなあ。



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# by eremiya2002 | 2018-12-06 23:08 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(0)

出張でした。

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富士山が見えて。パチンコ屋さんのそばでしたが、思わず。本場でみるとやはり綺麗ですね、、、

仕事が嫌なのか、人生が嫌なのか、自分が嫌なのか、、

何がどうなのかわからないけれど、ちょっとした疲れが重なって重なると、疑心暗鬼になって、嫌なことを更に細かく細かくチェックして、余計な深掘りをして、自尊心を自分自身で傷つけて。

ちなみに、私にとって一番辛いのは、自分を危険人物と判断されて、距離を置かれる時です。それを一番徐ろにやるのが、普段付き合いがある面々ではなくて、良いクリスチャンの方々と牧師です。

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# by eremiya2002 | 2018-11-30 21:15 | クリスチャンとしての私 | Comments(0)

会社がいや。いやいやいや。

そんな事を思って寝付けない夜にブログをひとつひとつ読んでいたら、同じ様な投稿がありました。

あの頃も、戦っていたんだわあ。
偉かったなあって、ジーンとしました。
今回も乗り切れるかな。。
あんなに乗り越えられないと思っていたことの数々を
乗り越えてきたなんて。本当に偉かった。


さて、もうすぐアドベントですね。
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# by eremiya2002 | 2018-11-26 23:27 | 派遣社員、正社員 | Comments(0)

2005年の5月に出会ったにゃんこ

このブログを始めてすぐの頃、猫拾っちゃったの記事を投稿していました。その頃の文章やらコメントやらを見ると、文章能力の低さにがっかりMAX😞になります。

それはさておき、そのにゃんこさんは、私が仙台に引っ越す際にお友達に譲っていました。まだ経済的にも困窮していたので、動物を飼える様なところに住めなかったのです。小学校低学年の娘が、学校から帰って必死に育ててくれていたので、連れて行きたかったのですが無理でした。

でも、私の友人の家で愛情をたっぷり注いでもらい、そして、先月、寿命で亡くなりました。
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私たちも、4年間を共に過ごした家族でした。

そんなに時が経ったんだ。
沢山の時間を一緒に過ごした家族が先に天国に行ったんだ。

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# by eremiya2002 | 2018-11-23 03:34 | 娘22歳 母子家庭 | Comments(0)

眠れない夜

疲れすぎたのか、今夜は眠れないのです。
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# by eremiya2002 | 2018-11-23 03:29 | Comments(0)

仕事が恋人

日本にいると、ようやく、仕事で居場所があるけれど、仕事でようやく居場所があるだけのわたし、と日々思う。

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写真は、まだ兄妹を引き離す前のもの。女性は私ではなく、遊び盛りの母。






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# by eremiya2002 | 2018-10-01 21:51 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(0)

息子に会える安心感と、埋められない時間と

1年ぶりに息子に会ってきました。

社会人になって家を出てくれたお陰で、私もやっと自由に連絡を取り合い、会えるようになりました。感謝なことです。

でも、今もこれからも、息子の母は私では無いですし、息子のふるさとも、私が住んだ場所ではありません。共通の思い出は無く、息子には私の方の家族を思いやる気持ちは芽生えません。

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# by eremiya2002 | 2018-09-30 16:22 | 娘22歳 母子家庭 | Comments(0)

20数年ぶりの再会

福島で、高校の同級生に再会。
嬉しかった。
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# by eremiya2002 | 2018-05-08 22:02 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(0)

母子福祉センターで知り合ったお母さんと、15年ぶりの再会

昨夜、母子福祉センターで知り合った先輩お母さんと、15年ぶりに再会しました。当時よく娘の面倒を見てくれていたお嬢さんが、偶然にも近所で一人暮らしをしている事を知って、先輩お母さんも、これを機会にと言うことで、福島から上京下さったタイミングで、再会が叶いました。
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昔の事を色々と話していたら、つい泣いてしまいました。まだ20代の、身寄りのない若い母親だった私のことを思い出したら、つい。
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果たしてこんなに貧乏で、これから生きていけるのだろうか。子供を生かしてあげられるのだろうか。そういう時だったのですもの。

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# by eremiya2002 | 2018-03-24 19:14 | 娘22歳 母子家庭 | Comments(0)

今週の出張終了!

スタバの新作は450円、さぬきうどんはかき揚げつきで310円、今日の走行距離は200キロ。
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# by eremiya2002 | 2018-03-23 17:25 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(0)

淡路島通過中

三ノ宮からレンタカーに乗って淡路島を通過。今、徳島へ向かう途中です。2年ぶりくらいの淡路島。
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明石海峡大橋がきれい!いい天気です。
そして、スタバもいい場所にある〜

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# by eremiya2002 | 2018-03-23 08:39 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(0)

41歳から43歳、日本中、出張三昧の3年間でした

同僚と本町(ほんまち:心斎橋のとなり)で食事をして、梅田から新快速で神戸に向かっています。くたびれた、くたびれた、おまけに、なんで一緒に仕事をするのは男子ばかりなの、と、そんなことばかり感じぼやいていた出張の日々でしたが、今では長距離移動やホテル住まいが日常になり、その土地の移動手段もメインどころですが把握でき、行く先々男子なのが普通になって仲良く協力して案件取ったり取れなかったりして…。
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もうすぐこの生活もお別れと思うと、感慨深いです。とは言え、異動先の新しい部署で扱うプロダクトもどうやら全国区みたいです。ただ、エリアはもっと狭まるはず。業務用プロダクト、今から覚えられるかわたし。

ただいま、三ノ宮です。

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# by eremiya2002 | 2018-03-22 22:35 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(0)

今日はこれから大阪〜四国に出張です!

眠いですが、部署異動前/引き継ぎ前の締め営業。
がんばりまーす!

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# by eremiya2002 | 2018-03-22 08:01 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(0)

わすれもの

大好きなケーキ屋さんでケーキを買って、バスに置き忘れて来ちゃいました…

もう寝る😭!
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# by eremiya2002 | 2018-03-21 22:05 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(0)

ヨブ記

今日の礼拝で、横田早紀江さんのお話がありました。

私は1974年産まれ、横田めぐみさんが拉致され行方不明になったのは1977年。後々北朝鮮による拉致と認定されたことで、世間の一部の人間が不思議で恐ろしい事件に幼稚に反応し、その一人であろう自分の父から当時面白おかしく「お前も日本海を沿岸を歩くと連れ去られるぞ」と脅かされ、恐怖に怯え、連れ去られた恵さんの恐怖を思い、子供の私は夜も眠れない様な恐怖と悲しみに襲われたことがありました。また、結婚をし子供を持った後、自分の子供が取り去られ居なくなるという経験を私自身もすることとなり、子を奪われる事による喪失感、自己不全感、無気力、消えて居なくなりたい気持ち、それでも生きていかねばならない消えてくれない自分の命がある事の悲しみと言う重荷を体験し、あの様な荷を背負って生きるとは如何程の苦しみであったろうと、いつもまるで自分の事の様に胸を痛めてきた出来事でした。そんな横田早紀江さんが信仰を持ち今を生きていらっしゃる、その大きなきっかけになったのはヨブ記であったそうです。

そして、今日の説教は、ヨハネの福音書8章32節「真理はあなたがたを自由にします」がテーマでした。

富でも、意思の力による努力でも、成功でも、名声でも、自分が決めた何がしかの高尚なゴールでも無く、真理が私たちを自由にすると言うお話です

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# by eremiya2002 | 2018-03-18 22:51 | クリスチャンとしての私 | Comments(0)

時が経って、東京にいます。

時が経って、東京にいます。
娘は大学4年生になります。私は40代半ばになります。

ブログを始めた頃は、まだ娘が小学校にあがったばかりだったのではないでしょうか。

たくさんの奇跡をとおり、驚く様な流れで…

今年は、実は、このブログのお陰で命拾いをしました。

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# by eremiya2002 | 2018-03-16 00:36 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(0)

みなさん、お元気ですか。

時が経ちました。
本当に経ちました。


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# by eremiya2002 | 2015-02-06 01:07 | Comments(0)

真理は人を自由にする

@国立国会図書館法の前文(の一部)

「国立国会図書館は、真理がわれらを自由にするという確信に立って、
憲法の誓約する日本の民主化と世界平和とに寄与することを使命として、ここに設立される。」

@ヨハネ8章31節〜32節
そこでイエスは、その信じたユダヤ人たちに言われた。
「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。」
「そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなた方を自由にします」
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# by eremiya2002 | 2013-05-02 22:28 | クリスチャンとしての私 | Comments(0)

未開の地

時が経ち・・・・

と、何かもの申したいのですが、あまりにも時間が経ったのでやめましょう。

私は、このブログ大分前に始めたのですね。
そういえば、今はiMacなんか使っていますが、当時は人様のお古のPCを
一生懸命メンテナンスし使っていました。
それが懐かしい、と思い出すほどになるという事は、
すなわち今よりもまた1年後、2年後、3年後は想像もしない様な
楽しいすばらしい出来事が待っていると言う事に間違いありません。

皆さん、お元気ですか?私は勿論元気です。

皆さんの人生も、やはりすばらしいものであり、
すばらしくできる鍵は既に、みなさんに渡されているのです。

私が言うのだから、間違いありません。
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# by eremiya2002 | 2013-04-30 14:15 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(2)

わすれない 東日本大震災

・・・・・・を見て

心臓がバクバク
涙がボロボロ
あの時抱えていた沢山の恐怖と悲さが
いっぱい溢れ返して

仙台から新幹線通勤の同僚を連れて
真っ暗闇の仙台から逃げる道のり

通行止めもあったよね
コンビニがみんなまっくらで
すごい行列になってたよね

倉庫の中にあるお水をかごに入れて
レジでお金を払おうとしていたら

倉庫から持ち出している姿が
緊急事態をますますリアルにして
娘が泣いちゃったよね

仙台から何キロも娘さんと歩いてきたっていう
福島から仙台に遊びにきていたと言う人が
帰る手段が全くなくて
冷えきって、憔悴しきって話しかけてきたよね

一緒に車に乗って、福島に送ってった

福島はあちこち通行止めで
昔住民だった私は、山の中の裏道を駆使して
突破したよね

真っ暗だった
楽しい曲かけてって、娘が言ってた

電気だけがかろうじて通っている郡山に夜中についたけど
怖くて女子だけではとても家に入れなくて
会社の営業所に男子がみんな帰れなくて居るって聞いたから

そこに行って娘と私と同僚と3人、他の男子同僚と一緒に
一晩過ごしたよね

いつまでたっても、沿岸部を営業していた同僚二人と
連絡がつかずに恐怖におびえてた

テレビはワンセグしか見れなくて
何回も何回も何回も何回も
止めどなく発信される「緊急地震速報」の音
そして、考えた事もない様な余震、終わらない余震
水が止まって流れないトイレ

家族が宮城県にいるのに通行止めで一旦戻ってきて
帰れない同僚に裏道を教えたり

気仙沼が大火事になって、荒浜に死体が何百体もあがっている事なんかも
停電だった仙台から来て、初めて知ったよね

家の中はぐちゃぐちゃで、冷蔵庫も娘の机もひっくり返って
ピアノも倒れていて
でもテレビは設置方向が良くてうまくがんばってくれていて

でも、窓ガラスが割れていて
お風呂釜は外れて飛び出していて
沢山の食器が割れていて

次の日から旅行に行く予定だったから、沢山の荷造りされた
カバンがあったけど、

全部出して、

水や缶切り、電池、下着、暖かい服、缶詰、

ものすごい余震の中で、吹雪の中で、
もう暗くて部屋の照明がないから、懐中電灯で照らして
家の中、靴で入って

近所の人が、娘さん、学校に居て待ってたんだね
良かった、家にいて、何かの下敷きになっているんじゃないかって
みんなで大きな声で名前を呼び続けていたって聞いたりして

そして毛布を何枚も持って、
お金を持って、
課長が地震直後に買ってくれたコンビニのお弁当やお菓子を持って

娘の学校に行ったら、もの凄いもの凄い数の人で
まっくらで、何もかも行列になっていて
私の同僚は郡山に居る息子さんと旦那さんを思って慌てていて

携帯はつながらなくて
学校にお願いして公衆電話を借りて
みんな無事だと聞いたけど、旦那さんの実家のお父さんに迎えに来てもらって
3人でそっちに避難していると聞いて
郡山は電気が通っているときいて

慌てて彼女と3人で夜仙台を飛び出した

今度は原発が爆発して、
また爆発して、
そしてまた爆発して

すごい、死んじゃうと思った。
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# by eremiya2002 | 2011-12-31 02:32 | 娘22歳 母子家庭 | Comments(1)