離婚した当時

離婚して今の街に住むようになったのが、今から約9年前。
正しくは、「離婚の決着がつかずとりあえず別居」で来た。
離婚が決着つくまでの”1年の歩み”っていうのは、本当に大変だった。

今住んでいる街は、故郷ではない。
私が20で逃げるようにお嫁に行ってまもなく、両親も離婚し
その両親がバラバラに住居を構えた為、
別居で生活費ももらえず、とりあえず寝床を確保しなくてはならない私は
一緒に居てもゼッタイに”虚しい”とわかっていた母親を頼りに、子連れで帰って来た。

本当は・・・・・2人の子供は、初めは夫の実家に連れて行かれていたので
唇をかみしめ、置いて出てきていた。
離婚劇のせいで、とにかく夫と夫の家族には、
私を出て行かせないタメだったのだろう、
子供をネタに、結構屈辱的な扱いをしていただいた。
田舎の家には離婚は恥、恥をかかせる人間には、まして嫁などに
侮辱されたままでなるものか、そういう感じだった。

その後、バタバタしたが結局正式に別居となることが現実となる事が
漸く夫もわかったのか、そのタイミングで子供二人は連れてきた。


でも、私は恐ろしく不安だった。



お金がない。。。。。
母は子供が大嫌い、男を追いかける生活が何年も前から定着しているし
私を邪険に扱う。家賃を払ってもらっている分、光熱費、電話代は私
食費もバラバラ、言うまでもないが、ルームメイト程度の扱い。

親が親としての責任を全うした後、教育として子供に責任の取り方を教えたわけではなく
もともと、
私が中学生の時にリンチ(死語?)にあって、半分裸で居たのを助けてもらい
警察から連絡が来ても、関わりたくないし恥ずかしいからイヤだといって
寝床から出ず、睡眠をとっていたような人なので、別に教育方針でも何でもないのである。

お金がないという不安は、底なしだった。
現実の問題の何倍も不安に怯えていた。

そして、自分も子供を可愛く思えない。。。。。。
出産直後から、虐待が始まっていた。
自分が怖かった。感情的になる時、何か追われるような気持ちになった時
虚しいとき、不全感におしつぶされそうな時、人が悔しいほど羨ましい時
どうしても子供に直結していた。上の長男には、よく鼻血を出させていた、
長男は、3歳になるまでの間、
精神的ストレスで自家中毒も起こし、入院を2度ほどしていた。
意思の力でなんとか自分をコントロールしようと試みるが
どうにもならない、出来ない。このメリーゴーラウンドのような現実を繰り返すうちに
自分が恐ろしくなっていた。

「私は、親になってはいけなかった、親になってはいけなかった、親になってはいけなかった」
「自分なんか死ね、死ね、死ね、死ね、お前が生まれてきたのが悪い、死ね、死ね」

まずは離婚で精神的ストレスを削らないと、私は益々おかしくなると思い出てきたが、
自分と子供の問題は、劇的にどうにかなるものではないと言う現実は
私の後ろからしっかりついてきた。
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by eremiya2002 | 2006-01-09 22:30 | 離婚 | Comments(6)

Commented by rinkaneko at 2006-01-10 07:20 x
コメントありがとうございます。
本当に、私もこちらの記事を見て、驚いてしまいました。
私は子供をひきとらなかったので、虐待はしないですみましたが、
きっと引き取ったら同じように苦しんだのではないか?
と、思わずにはいられません。。。

こちらこそ、これからよろしくお願いします。
Commented by fussyvet at 2006-01-10 13:43
昨日の午後ね、息子と一緒に退院してきました。入院中は病院が息子の管理もしてくれたし、私自身の身の回りのこともやってくれたし、私は息子に3時間おきにおむつチェックとミルクをあげるだけでよかった。でも、帰ってきた途端に自分の家での勝手が分からず、泣き始めた息子を前にして「ミルクあげなきゃ。おむつも変えなきゃ。でも、帰ってきたばかりで準備が…。」と一瞬でパニックになりかけました。その瞬間、「ああ、小さいし、この子死ぬかもな。」と冷淡に思った自分がいました。ぬくぬくとした病院の中では息子が生まれて幸せいっぱいだったのに、追い出されたと単にパニックになる…、やっぱり私はどうしようもなく罪の深い人間なのだ、母親になれるだろうかと考えてしまいました。母乳も出てくれないし…。
たかだか退院24時間でこの始末。eremiyaさんの苦労に比べたら全然なんてことないのに、本当に私は弱くて情けないと思いました。これからもいろいろ気付きをいただくと思います。よろしくお願いします。
Commented by psalm42 at 2006-01-10 22:25
いろいろ似たような所を通ってるなぁって思いつつ読みました。私も父に虐待されて育ったんだよ。何度も家庭裁判所にいって祖母に親権を移してもらって・・・でも、結局、親戚中を回ったりね。
私は離婚したとき、子供はいなかったけれど、それはもの凄い主の憐れみだったと思う。でも、42で初産だったから、別の意味でしんどかった(^^;けどね。
ストーミーの自伝、読んだ?助けになるような気もしますけど・・。
いろいろ書くことによって、感情をリリースしていくと良いと思います。
赦しや、解放に繋がっていくように、お祈りしますね。

fussyvetさんのコメントを読ませて頂いて、娘を産んで退院して来た日のことを、イヤになるくらいリアルに思い出しました。今は、泣き叫ばずに朝まで寝ていてくれるんですから、天国みたいなもんです・・なのに、文句たらたら・・なのよ、アタシってば(−−;

イエスさまの前に差し出せる&分かち合える主にある姉妹がいるのは、ホント感謝ですね。
皆さんのシェアにも、心から感謝して・・
Commented by eremiya2002 at 2006-01-14 00:03
rinkanekoさんこんばんは。コメント有難うございます。
お互い、色々な寒い寒い季節を過ごしましたね。
折を見て、この経験をシェアしてください。
Commented by eremiya2002 at 2006-01-14 00:05
fussyvetさん。。。
ママですね、ママになったんですね。これからfussyvetさんのブログに
行くつもりですが、オッパイは出たでしょうか?
1人目は大パニックですね。神様のダイナミックな取り扱いの開始です。
祝福アレ!
Commented by eremiya2002 at 2006-01-14 00:12
psalm42さんも、今のブログからはちょこっと想像がつかない感じですけど、やはり冬のいてつく寒さを経験されてきたのですね。
自分の痛みが取れるまでの間・・・そうですね3年くらいは
自分の事しか見えませんでした。
(勿論、自分を手厚く扱わなくてはならないときだったから当然なのですけど)

それからは、少しずつ、つらいつらい境遇を生きて
神様に目を開き始めた人達が居る事を知りました。
ひとりぼっちからの、本当の解放の始まりだった、のかな?なんて。

ほんと、fussyvetさんの今は大きな力があります。
会った事も、見たこともないのに(あるのかもしれませんが)
こうやってお互いを大切に思えるなんて、
生きていれば、本当に辛い事も多いですが

神様を知ってからは、いいことの方がはるかに上回っているようです。
ちょっと前までは、そんなこと言えませんでしたけど。。。。

ほんと、皆さんが居てくれて、私はシアワセ

本日はrinkanekoさん、fussyvetさん、psalm42さん
ありがとう。



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