父の愛・父の涙

先日、
11月に就職した現在私が在職している会社の
事務員のNさんが、話しかけてきました。

彼女は30代後半の前半(んだそりゃ)。
お子さんが一人、1歳半くらいになるんだったかな。
ときどーき、触り程度の会話を一日の中で数度するか
しないかの関わりですが、
年頃も近いのと、子供がいることなどから
壁もなく普通にお話していました。

(あっ、どっかの熊谷出身の方とは違いますね、フッ)

Nさん「○○さん、突っ込んだ話聞いてもいいですか?」
わたし「え?いいですよー、どうぞどうぞ」

な~んて感じで話をしていたところ
Nさんは最近、うつ症状やパニック発作がひどく
子供もかわいく思えず、逃げ場もなく、
精神的にきつい状況だという事がわかりました。
そして、ご主人のご両親ともうまくいかないって。

以前、出身は九州だと聞いていました。
えー、どうして福島県に?と聞いたら
「いろいろあって」(にこっ)と言っていたので
こりゃなんかふかーいワケがあるんだなぁ・・と思って
「いろいろあったんですね」(にこっ)と
”了解、何も聞かないぜ☆”という感じで終わらせていました。

だから、コレを機に九州からなぜ出てきたのか
聞いてみたところ、なんと両親や兄弟の一人に
10代の頃蒸発されてしまったそうです。
それまでの間も家族の事業がうまく行かず
非常に不安定な生活を送っていて、
最終的にいなくなってしまったとのことでした。

幼少の頃にこういった身の保全が計れない生活を
強いられ続けると、自分を否定的にとらえるようになっちゃうんですよね。表から声をかけてもらった程度じゃぜんぜんダメ。治らない。

聞いていて胸が痛くなりました。
私もそうだったから。

今、精神科に通いながら
どうにかこうにか生き延びているそうなんですが、
これから先が本当に不安だったそうです。
毎日死にたくなるし、って。

だから、私に、「私はこのままで大丈夫だろうか」
と聞いてきたので
大丈夫!と答えておきました。
「しっかり病院にかかって、ゆっくり時間をかければ
マイナス地点から、0・・フラットな状態まではいける」って。

自分も、同じような状況から成人して、
苦痛を背負ったまま
世の中を生きなくてはならなくなったことの辛さを
忘れるはずがないので、
痛みを想像しつつお話させてもらいましたが
最後はNさんはボロボロ泣いていました。
そうですよね、精神科の先生しか肯定してくれないんですもの、毎日が緊張と苦痛の連続だろうな・・って。
だから、いつでも連絡してくださいねっていいました。
ま、当然なんですが・・。
そして、けんかして飛び出してきたら
もう一人じゃないですよって。

ほんと、よくぞ一人でここまでがんばったって感じです。

私はこういう一人の人の重荷を分かち合ったときに
最近そういう事に囚われないで自由に生きている自分を
改めて知ります。
そのときに、どれだけこの信仰生活によって、
神様を知っていくことによって傷のないものと
作り変えてもらえたか実感します。

言葉にするとこの程度のことですが
どれだけ私が神様に愛され、呼ばれ、助けられたか。
イエス様は、イエス様に群がる人々に対して
まるで羊飼いのいない羊のようだ、と憐れんで下さったと
ありますが
全く私もそのような大きな憐れみによって
父を知り、もう一度新しい人生を得る事ができたのです。
イエス様は、迷って疲れ果てて、
死のうか生きようか、地をさまよう私を見て
どれだけ憐れに思ってくれたことでしょう。
そう思うだけで、涙が出てしまいます。

世の中の価値基準から見れば
人の目にもつかないような事なのでしょうが、

いろいろな人の迷いと痛みを分かち合い
本当の方法でお互い支えあい、導きあい、
助け合い、協力しあうこと、

こういうことが、人の使命だし、
生きる本当の喜びだと思います。
こういう愛を超えるものは、何もないですね。
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by eremiya2002 | 2007-01-30 23:30 | クリスチャンとしての私 | Comments(2)

Commented at 2007-02-01 11:43
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by eremiya2002 at 2007-02-01 23:30
鍵コメさん、ぜんぜん気にしないでカキコしてくださいよ。
同じ人間ですよ、何年たったとしても☆
そりゃあ努力は積み重ねてはいますが、
それは誰でもチャレンジ出来る事ですって。
他人だから出来るウラシマしい事、って感じで
自分との関連をきらないでくださいね。

BBもそうですが、信仰の世界は
信仰書といわれる他人の日常生活におけるそれ
を目にしていくことが、まずは一番わかりやすいです。
私もそーでしたー!
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