ハケンの品格

アフラック解雇事件

アフラックで受けた差別

私はまさに「義に餓えかわくもの」です。
長いことそんな自分に嫌気が差しながらも
それを望むことをやめられない自分がいて
心の中が矛盾して大変疲れていました。

大半の人たちが、この矛盾に疲れると
義・・・つまり正しいことを求める自分を自分で嫌い、
または陳腐な言葉で慰めたり、微妙に美化したり、
ちょっと自己憐憫も含めつつ、

また、世の中の下らん人種に対しては悪意に満ちた忘却で処理したように見せながら、
結局のところ憤りを感じながら生きて・・・・
要するに「あきらめて」いると思います。

私は、ハケン時代の事や、
現在の困った上司と社内システムの中について、
痛みを感じながら嘆いていました。
昔からそうなのです。よくあるのです。

私は、何をこんなに痛み、悲しんでいるのかしらと
神様に問いかけていました。
ただのわがまま?たったそれだけかい?
ま、たったそれだけって事でも構わないのですが、
なかなか「精神的に幼稚だから」では
片付かない感じがしたのです。
このことに病んできて長い長いながーーーいから。

そうしたら、神様は一言私に言いました。



「義に餓え渇く人は幸いである。 その人たちは満たされる」(マタ5/6)

つまり「今の状況、わるかないぜ」
ということでっせ。

この御言葉の先の広がりを思うとワクワクッとするわけです。何個も何個もこの「神様の約束」の確実さと
規模の大きさに目からうろこちゃんだったので!

私は義に餓え乾いているので
相当先は明るいらしいです。
台所で洗物しながら一人感激して泣いていました。
ふっ


さて、
今日はドラマ「ハケンの品格」
で大笑い、そしてなんとなく涙もポロリ。
ああ、わかる、この気持ち。”オオマエ”さん!!
とか思いながら見ていました。
(現実に近い点もあり、ンナー甘いもんじゃありません、というところもあり、ですけどね)
ドラマを見て、

「なーーーんでアタシもハケンなんか経験したかなー」

と思いつつも、そこに行き着くまでに
沢山の事情が重なっていた自分を思い出したりするワケです。
誰だって事情がありますもんね。

なんとなく親の導く道を歩んで
大学に行ったらみんなが就職活動していたから
「ああ、そんな時期でそんなもんか、
でわがんばる必要があるか」と
状況に理解させられて、人生を選択してきたら
どこそこの社員になりました、って事がほとんどでしょ?
誰が高校や大学入学当初からそんな夢持ってたかって・・。
だから別に対等な人間であり、特殊な努力や
特殊な知性を利用して今の職種になり、差別可能な
地位についた実力者ではないんですよね。

なのに日本の風潮はまだまだ学歴主義。
これじゃ発展しないよ、民度が低いよな~。


私が派遣社員で経験した差別から来る痛みも苦しみも、
何一つ無駄なものは無いと確信しているので
掘り返して文句を言う気持ちもありません。
ただ、ドラマを見たらふと思い出した、
こういうのも良いですね。

そして、
「富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」(マタイ19:24)

っていうんだから素晴らしい!

ある方のブログに、こう記されていました。

”貧しいものは他者との関係が切断することはない。
他者から助けてもらわないと生きていけないからだ。
たくさん持っていないから、
少しの恵みにも感謝する。
そして分かち与える喜び、
恵みをいただく感謝を知るから他者にも与える。”

そのとおり!
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by eremiya2002 | 2007-02-14 23:46 | クリスチャンとしての私