母子家庭 男 子供 虐待 2

第二弾です。宜しくお願いします。
(一部文章をわかり易く訂正します)

さて、虐待は病気であり、依存のようです。エスカレートして普通のものです。
(Dr.や専門家の方、補足あればお願いいたします)

朝ズバの、みのさんのお怒りを受けて改心できる程度のものは
虐待とは言わないのです。。。。それではっとするくらいなら。。。

虐待依存症、とでも言えばいいのでしょうか?(医学的に問題はないです?)
アディクションの一つ(わからない方は”アディクション”で検索してくださいね)ですよね。
アディクションの方向性は唯一、”死”です。
最初に精神が死んで狂ってしまいます。
そして、
自分や他者も死に追いやります。
被害者が多い方かったり、弱いものだったりすると
もっとエキサイトしたりするようです。

今、増え続けている状況・・・・・・・・・

母子家庭の家に転がり込み、
結婚を意識する事も(また、結婚を安易に考える事しか出来ない、など)、
勿論育児も出来ないような男性と暮らし
虐待をする事や、虐待を見てみぬふりをする事が茶飯事の女性は、

”心の痛み””心の貧しさ””自らの虐待経験”を
激しく経験して育った人です。
自分自身を受容してくれる場所がなく(人がいず)、希望がなく、ふれあいがなく、
絶えず緊張の中にあるか、絶えず絶望の中にあるか、
絶えず惨めさの中にいたか。。。そんな人のはずです。

その傷の癒し方も知らず、それが傷だと教えてくれる人もいず、
自分がひどく痛んでいる事も知らず、
自分を愛することが出来なくなった人です。

本人が自分の状況にこと細かく気づいていることは
殆どないと思われます。

お金があったかないか、
いい車に乗っていたか否か
両親がそろっていたか否か、
宗教が儒教だったからとか仏教だったからだとか
核家庭だからとか、
そんな問題ではないということです。




この虐待が蔓延している状況だとしても、母親は
痛みや不安や悲しみが多くあるにもかかわらず、
健康的な精神を持つ人と同じような外観を作り上げようとし、
一生懸命やっているつもりだったりする場合も多くあります。


さて、苦しい悲しいトラウマを抱えて、ただただ生きながらえている人生だと、
心が成長していないため、痛みを抑える方法を学び取ることはもとより
痛みをぬぐう事が出来ずに年月がたって、その分重い問題となってしまっています。
普通の人だって試練を超えるのは難しいのに。

その為、もしこの痛みの癒しを異性に向けた場合、
通常の自立した成人が異性に求める度合いの
何倍もの重さを相手に担わせようとします。(これは習慣になっていて無意識かと思います)

そして、自分の心がとことん貧しいので
一滴の水でもいいから、どうか与えてください
というような、物乞いのような心の貧困にあえぐ事となります。

確かに、そこあなたは
隣のあなたも、

「え?アタシはそんなことまでは考えて無いけどね」

なんていうかも知れません。

でも、
もし今、他者から見たらガックリくるような、
どうでもいい男と付き合っていて別れられないでいたり、
虐待をしたり、また、されるのを見ていたりするのが日常になっていたり、
自分で生んだ子供を愛することが出来ずにいるのであれば、
その事実が全てを語っていると思います。

自己評価が低い人は、忍耐弱いです。
なぜなら忍耐は、希望が必要で、受容が必要なのです。

愛を受ける事が欠落している人間に、
忍耐を強いる事(強いられる事)は
当人が虐待を受けているのと同じような苦痛なのです。
だから、小さいものにその苦しみをぶつけてしまいます。
大きなものには太刀打ちできないですから。。。。

(まともなレベルで生きてきた人たちには
そういうボーダーラインから下の環境で育つということが
どういう事か理解できないので、
こういう人々を、人格的に問題が出てくる幼少時から
非難して毛嫌いして排除する努力を積み重ねていたりするので)

ちなみに、私はだいぶ近所の人々に幼少期嫌われていたのを知っています。
私の親もカナリのふとどきものだったから嫌われていましたし、
私の素行も悪く、品がなく、嫌だったのでしょうね。

学校から帰ってくると、多くのお母様たちが私を無視していました。
そのころ、私は小学生でした。


そういうワケで、がんばっても報われない事だらけの毎日、
必死に健康的な人に追いつこうとする人生から、

疲れて果ててほとほと自分が嫌いになってしまい、
投げ捨てて、壊していく人生に入っていくようになるのです。

決して本意ではないということです。
でも、あきらめて、破壊しないと自分の事を慰めることが出来ないのです。

自分ひとりで抱えられないから。がんばっても気持ちが追いつかない、
痛くて、重くて、悲しくて、寂しくて。。。。
そして、最後はとことんいろいろなことが面倒になってくる。
勿論、子供の世話なんか複雑で精神力が要るから一番出来ないかも。

でも、それは本意じゃないのに。。。。。。

というワケで、上記のような環境に育った場合、
自分を分析したり、正したり、
練習をしたり、待ったり、
希望を持って地道に歩んだり、
事の成り行きをしっかり見極めたり、
その間自分を鎮めたりするなどという事はできません。

だからさらに益々正常な成長をしていきません。
成長をしないっていうのは、すなわち忍耐ができないってことです。。。。

世の中では、異性関係で忍耐が出来ないず問題となる事を正当化しようとして
哀愁漂う演歌になったり、
複雑な背景を持つオペラの題材になったり
直木賞をもらうような作品になったり   していますね。
だから益々、それでいいんだ、自分の人生はこんなもんだと
一生懸命言い聞かせますね。

でも、心の中はそれを決して納得していないから苦しむんです。
心の中は、ただただ矛盾する悲しみでいっぱいになります。

だから、言葉にすれば、

手っ取り早く門をあけて、もう寂しくてたまらない。
手っ取り早く入っきて、私は安いから。

あなたが一滴でも私に水を飲ませてくれるならその為にがんばる。
子供?自分の子供じゃないし、感情も沸かない?女は手に入ったのに
子供は手がかかる?

そうだよね、面倒くさいよね、わがままだし、可愛くないよね。
私もそう思う。イライラする。だって弱いんだもん。仕方が無いよね、暴力振るわれるのも
暴力振るうのも。

という感じになっていきます。(経験です)
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by eremiya2002 | 2007-06-24 01:11 | 娘22歳 母子家庭 | Comments(4)

Commented by ねこ at 2007-07-11 23:43 x
検索してもつながらない方のために一言。日本語に訳すと「嗜癖」
こう訳すとなんとなく重みがありませんが、まあ、習慣なのだけれども有害な結果につながっていること、とでも思ったらいいでしょう。
Commented by eremiya2002 at 2007-07-13 00:07
ねこさん・・・・・・
なんともお久しぶりではないですか・・・・。
そして、リンク付きのコメントと、アディクションに対する補足、ありがとうございます。

そうそう、有害な結果なんてもんじゃないですよね、ほんと。
公害ですよ公害!!(かわらないか・・)

では
おじゃまいたします↑
Commented by メープル at 2007-07-18 23:22 x
いつもロムっています。
とてもいい文章をお書きになりますね。

私はACで共依存です。
2児の母で、かつて長女を精神的肉体的虐待をしていました。

とても勉強になります。
Commented by eremiya2002 at 2007-07-20 23:46
メープルさん、
きてくださって有難うございます。
また来てください。嬉しいです。
ACで共依存、2児のお母様でいらっしゃるのですね。
そして、虐待経験者で・・・・・私とそっくりさんですね。

勉強になりますか?良かったです。
こんなので何か得るものがあれば幸いです。
時々、いろいろシェアして下さいね
よろしくお願いします!!
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