「あの日、わたしは、 彼らに殺されていれば良かった・・・」

1990年、アフリカの小さな国で起こった紛争は、
やがて、世界を驚愕させる惨事に発展した。

1994年、4月からの100日間に、
80万人もの
ツチ族とフツ族の穏健派の人々が殺されたルワンダの虐殺だ。


やがて、ツチ族がルワンダを制圧し、
ルワンダでの虐殺は収まって行った。


しかし、ツチ族からの報復を恐れて、
大量のフツ族の人々が、国外へ・・・
・・・特に、当時のザイール、
今のコンゴ民主共和国の東部へと逃れて行った。

そして、その中には、
インテラハムウェ(Interahamwe)と呼ばれる、
虐殺を扇動した
フツ族の武装組織も含まれていた。



コンゴ民主共和国の東部に暮らす
ザワディ・モンガーン(Zawadi Mongane)さんの村へ
ある日、インテラハムウェがやってきた。


ザワディさんは、夫や3人の子どもたち、
そして、村人50人ほどと一緒に、
ジャングルにある
インテラハムウェの拠点へと連れて行かれた。


そこで、インテラハムウェは、
村のリーダーやその関係者たちに対し
立ち上がるように命令した。

そして、立ち上がった者たちを、
人々の目の前で、
ナイフで、切り裂いていった。



それからの日々は、殺戮とレイプの日々だった。


ザワディさんの夫も殺された。

ザワディさんの兄弟は、
ザワディさんをレイプするように命じられ、
それを断ると、ナタで首を切り落とされた。


ザワディさんも、19人にレイプされた後、
彼女の2人の子どもは、
彼女の目の前で殺された。


さらに、インテラハムウェは、
ザワディさんから、
彼女が、おぶっていた赤ちゃんを取り上げ、
その子の首にロープを巻いた。


そして、インテラハムウェは、
ザワディさんに、
そのロープを引くように命令した。






「わたしには、
 連れ去られずに残された、
 もう1人の子どもがいました。
 
 わたしは、その子のために生きようと思いました。」
 

ザワディさんは、
赤ちゃんの首に巻かれたロープを引いた。


赤ちゃんは、息絶えた。



・・・これは、昨年、2007年4月に、
BBCの記者、マイク・トムソン(Mike Thomson)の
インタビューの中で、
ザワディさんが語ったことだった。

レイプ被害生存者のための医療施設で、
ザワディさんは、1時間泣き崩れながら
これを語った。



およそ1年後の今年3月、
トムソンは、
再び、彼女のもとを訪れた。


ザワディさんは、いまだに自分の村には戻らず、
数メートルほどの小さな土造りの小屋に、
5歳の娘と暮らしていた。



トムソンの最初の印象では、
ザワディさんは、前回会ったときよりも
元気になったように見えた。

しかし、身体の健康そうな状態とは裏腹に、
「心の状態は、まったく違っていた。」

トムソンは、そう語っている。

「ザワディさんの瞳は、インタビューの間中、
 1点を見つめ続け、
 わたしを見ることは、ほとんどなかった。
 
 その表情は、
 ザワディさんの家族の中で、たった一人生き残った
 娘を抱きしめるときも変わらなかった。」


「あの日、わたしは、
 彼らに殺されていれば良かった・・・」
 
ザワディさんは、インタビューの中でそうつぶやいた。



ザワディさんが、自分の村へ帰れないのには理由がある。

一つは、
レイプされた女は、一族の"恥"とされ、
また、"HIV/エイズ"の感染源として、
家族や村人から、村を追い出される。


そして、もう一つは、
いまだに、インテラハムウェが、
あの地域に居付いているからだ。


「彼らが、また、わたしを
 レイプするんじゃないかと恐れています。

 そして、この娘に対しても、
 同じことをすることをするんじゃないかって・・・」
 
ザワディさんは、言う。

「わたしは、この子よりも幼い子が、
 レイプされているのを見ました。」



ザワディさんは、インタビューの中で、
「あなたは、未来に対して、どんな望みがありますか?」との
質問に対して、
彼女は、首を振りながら、こう答えた。

「わたしは、十分に打ちのめされました。
 人生には何もありません。
 未来には、何一つ見ることはできません。」


今、ザワディさんが見る事のできる夢は、
あの赤ちゃんを殺したときの夢だけだ。



このレポートをしたトムソンは、こう語っている。


「ザワディさんの恐ろしい話は、
 わたしにとって、とてもショックでした。
 
 しかし、コンゴのこの地域の人々にとっては、
 これは、特殊な話ではないのです。」



コンゴ民主共和国では、
1998年から始まった戦争と、
それによって引き起こされた飢餓、病気などで、
和平が締結される2002年までの5年間に、
300万人とも400万人とも言われる人々が死んだ。


だが和平が締結された後も、国は崩壊したままだ。

暴力、貧困、栄養失調、そして、医療の不足により
毎月、4万5千人が死んでいる。

今年1月、
戦争が始まった1998年からの死者の数は、
540万人に達したと、
国際的な人道支援団体
「International Rescue Committee」は発表した。



このインタビューの中で、
将来、何に成りたいかを聞かれた
5歳のザワディさんの娘は、次のように答えた。

「わたしはお医者さんに成りたいの」

 そうすれば、わたしが、
 お母さんを助けてあげられるから」



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関連リンク
BBC
In search of Zawadi


ザワディさんの音声レポート

nternational Rescue Committee
コンゴの無視されている540万人の死




***eremiyaの参加しているミクシィのコミュ(世界の肖像)から転記***
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by eremiya2002 | 2008-05-29 23:36 | Comments(4)

Commented by at 2008-05-31 18:47 x
子供の頃、一匹の子犬を飼いました。
捨てられていたのを拾ってきたのです。
当初は可愛がりましたが、すぐに面倒をみるのが面倒くさくなりました。
毎朝毎晩、餌を与えるだけです。
散歩にも連れていきませんでした。
子犬は見る見る大きくなりました。
そして、夜泣き遠吠えをするように。
見かねて散歩させようと思っても、鎖のはずし方が判りません。
それでも、鎖に手を掛けると犬ははしゃいで走り回ります。
そう。鎖につながれたまま強い力で動くので子供の私は恐怖に駆られたのです。
(このまま鎖を外したらどこかに行っちゃう・・・。自分の力では押さえきれないよ・・・)と。
そして、結局鎖は外さずその場から立ち去りました。
次の日から、餌を与えようとすると、思いっきり噛みつくように襲いかかってきました。
怖くて怖くて、鎖の距離目一杯にそっと餌を屋だけになってしまいました。

この犬は結局死ぬまで鎖に繋がれたまま殆ど散歩をすることもなく死にました。

一度だけ、鎖を引きちぎって脱走したことがあるそうです。しかし、すぐに連れ戻されたそうです。犬も、戻らなければ餓死するだけだと知っていたでしょう。
Commented by at 2008-05-31 18:51 x
数年前、離婚し20年会っていなかった親の葬式の時、この犬の話をしました。
「あの犬には本当に可哀想なことをした」と。
周りの人も頷く。
とどのつまり、周りの人も当時からあの犬可哀想だよ、と思っていたんだよね。

俺って人間のくずだよな。
Commented by みちる at 2008-06-08 15:14 x
ルワンダのことを知りたくて結構本を読みました。フィクションですが良かったのは曽野綾子の「哀歌」です。機会があったら読んでみてください。ツチ族もフツ族も大国の思惑に巻き込まれていったのだと思います。それにしても人間って、あのようなことができる悪魔にもなってしまうんでしょうか…
Commented by eremiya2002 at 2008-06-18 00:41
mっち
アタシも人間のくずだ。くず中のくず。
アタシはあんた好きだよ。


みちるさん
哀歌・・・ですね。曽野綾子さん。了解です。
最近、少しと言うか大分ココロの余裕が出来たのでしょう、
昔読みたかった本を、漸くちょこっとずつ読んでいます。
最近は、悲しみよこんにちは。

これが終わったら、曽野綾子さんの哀歌
チャレンジしようかな。

(教会もいっぱい休むようにしました。
母子家庭って、よく考えるとすごく忙しい。
なのに週末全部費やしていた。損をしたとはこれっぽっちも思っていませんでしたが、やっぱり疲れが想像以上に溜まって
おかしくなってたようです)
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