カテゴリ:自助グループ( 13 )

AA-ホームグループを決めました

紆余曲折ありましたが、12年目にしてAA完全復活となりました。
全く自然な流れでした(笑)

AAを徹底的に5年、
教会に徹底的に通って5年、
悩んだ1年、

そして、両方ともバランス良くチョイスする12年目。
あら、12ってところが凄くないですか?神様ってやっぱりすごい。
通るべきところを通って、知るべき事を知り、
悟るべき事を悟り、パワーアップして舞い戻った感じです。

とにかく、神様のされることは素晴らしい、それだけ。

今日の若い仲間の話は良かった。
とても良くやっていると思った。
久し振りに聞いたなぁ、ああいう話。
帰り際、可愛くて可愛くてハグハグしてきました。
彼女は泣き泣きでした。

大丈夫、私もそこから来てるから、怖くないよ。
そう思いました。
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by eremiya2002 | 2010-01-25 00:52 | 自助グループ | Comments(7)

背景を理解する人と、そうでない人と

最近、超・久し振りにAAのイベントに行く予定を立てています。

ソーバー何年?某神父さんが最初のスポンサーだったよ、的な人と
私はず~っと仲良しなのですが、

その人と、久し振りに行って見ない?と言う話になったんです。
娘が中学にあがり、お金は大変でも時間の調整がしやすくなってきたので
行ってみんなに会おう~と言う気持ちです。あまりごちゃごちゃしてない。

いつも二人で話しているのは
背景を理解し、現実とすり合わせ
超・現実的に「信仰」を理解し
実践しようと、機会が来た時に努力し、
後は愉快に過ごす人と

人と大差なくその”コミュニティ”で生きる事が
”信仰”そのものと理解し
そのために努力し続けている人とでは

生きる喜び、伝える喜びの大きさが
天と地程に違うという事。

でも、教会もそうだし、AAもそう、
偏りすぎてしまっている面々だらけ。
なんか末恐ろしくなるんですよね。
やっぱり、その人たちを見て、
かたくななその姿勢を見ると
とっても悲しくなるんですよね。


「ここから離れると、、、、
そう、自分の信じるモノから離れたら、大変な事になるんです。
歪んだ、自己中心の人生になり、やがて廃人のようになるかも知れません。
傲慢の塊のような命だから。
だから、このコミュニティから離れたいと思う自分がある時など、
なんて利己的で弱く愚かなんだろうと思うんです。
いいえ、充分幸せですよ、アノ頃と比べたら・・・感謝です」


的な、ね、的な人がいるんですよね。
コワイ。
なんて不自由で、神様の愛と強さをないがしろにしているんだろうと
悲しくなるんですね。
小さく、好きなように解釈しちゃったな・・・と。

良く考えて欲しいんですよね。
信じることで変わっていくつもりが、
大体の枠を作って自分をそこへあてはめる努力をする。
心のどこかで、成長した喜びを味わっているけど、
この程度で感謝しておかなくちゃ、ふー、と言う
諦めた気持ち。

この「諦めた気持ち」が、クリスチャンや依存症の人たちの
何の希望になるんだか。
そこが「本当に回復の責任を感じているんですか?」
と、問いただしたいところなんです。
そんなに小さな自由で満足するように自分を訓練すれば、

他人にもやるんじゃない?ってね。
(事実そうだ)

最初はいい、最初は充分と思える。
でも、最初なのは最初のうちだけ。

形を整える事に沢山の思考と時間を割いている。
形は努力によって後から自然と変わるのに。

大体そういう人は、心の底から「そういう考え方」を「信仰」してしまっているので
ちょっとは間違ってるけど、心底考え直すほど間違ってはいないはずと
思っているから、

じわじわじわじわ、自分の信じた方法で攻め寄って来る。
AAも教会も、距離を置いているのはそんな理由。

教会でも、AAでも、
自分たちは完璧ではない、
といいながら、他者の意見は完全シャットアウト
(それも一意見として喜んでお伺いします、なんて
最低~な発言をみんなで使いまわしている。
これは聞き流しているだけで、カルトと一緒ね)
しちゃっている。

大人として成長したなら、
荒波の中でもしっかり人の話を聞き、考え
意見したり、怒ったり、泣いたりしながら
「なぜ、そんな風に思ったんだろう。」
と言う自然な疑問を糧にして、また真実を掴んでいくのに
上記のような人たちは、この自然な感覚を、殺している。
この疑問があって、自分を見つめたりして始めて成長へ向かうのに。

「彼は信仰がないから知らないのよ、可愛そうにね、お祈りしてあげましょう」
とか
「色々意見はあるだろうけど、自分は信じている、ただそれだけ」
とかね。


意見を交換しないで人間関係が成長していくなら
言葉なんて神様も用意しないだろうに。
本当に信じているなら、前進して歩むその道を
神様は祝福し、成長させ、全てを良いものにして下さるのに。

もっと普通に怒ったり、泣いたり、笑ったり、
そういうのをするようにして、
形だけ変えていくのではなくて
欠点は心底変えていければいいのにね、と思うわけ。
そういう、人間的な普通の状況を、ガチガチの知識で押し殺しているから
活発な意見交換も出来るようにならない。

っていうか、普通に生活しようよ。
普通に生きていこうよ。
自然体で行こうよ。

最初の3年はダメよ、そこは大切に、大切に。
でも、私たちは大人。
結婚もしたい、子供も欲しい、社会生活して自立したい、

だったら、チャレンジしていかなくちゃ!
そして、本当の自由を体で学んで体感しなくちゃ!

そのチャレンジの途中、試練にあい、
そんな”必要な時”に
知識の箱をあけて使ってみるんだよ。
神様の知恵と言うその箱をね。

知識を詰め込んだり、
自己分析をやり続けたりしたって、
やってくる試練に大しては丸裸よ。

聞き流すというのは、相手をヒトとしてみていないし、
自分を卑しいと言いながら、
実は傲慢になっているって言うことに
気づかなくちゃ。


私たちが信仰を持たないと生きていけないのは
信仰を持たないとそれこそ人として生きていられないような
弱い人間だから。
だけど、人の意見は聞くだけで意見はしないの。
そもそも、自分の信じている事しか信じないので
他人の意見は「優しく丁寧に聞き流す」練習をしているの。
(だから病気のままなのよ)

堅実で、
信仰に富むヒトは、一般的な社会人の方に多いね。


そういう人たちを、社会生活にツバをかける
立派なクリスチャンは、
「イエス様を知らないから、地獄に落ちる」
って言うんだって。
「かわいそうな人たち」って。

そして、AAミーティング教の信徒さん」は、
「健常者はそうだけど、病気の自分は違う」と
いつまでも自意識過剰に生きて行くんだ。

さらに
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by eremiya2002 | 2009-06-15 23:59 | 自助グループ | Comments(5)

最近、AAってすごいなと思う。

その昔。

私、きっとソーバーから言うと12月に9年のバースデーだったと思います。
明けてすぐの5月、某地域のセミナーが宿泊であって、
それにアルコール性のウツのど真ん中の私は子供をつれて参加しました。

寂しい、怖い、不安、生きていけない、辛い、歩けない、心細い
どこを歩いているのかわからない、
どこに行くのかもわからない、

そんな時期でした。

抗酒剤(←これでいいの?)とか、普段使わない薬のせいで
アゴの辺りはひどく吹き出物が出てました。

オシャレも忘れ、男の人を惹きつけて
生きる支えにしなくてはと、いつものように自然とアンテナが立っていました。

私は、小さなかわいい娘がいる幸せは、
ほとんど(全くに近いほど)味わっていませんでした。

これからの生きる不安や、過去に両親から受けた仕打ち、
若いころに奪われ、出来なかった事の数々、
育てられなくて、手放した息子の最後の後姿、
その息子にした仕打ちの数々、
そんな事をとめどなく頭の中をよぎっていたり、
激しく攻撃されたり、ぽっかりと空洞のように何も無くなったり、
そんな

思いっきり病人の思考でいました。


でも忘れていません。
そのセミナーの日は、娘の3歳の誕生日でした。
みんなが朝食の席で私と娘を迎えてくれて

”ハッピバースデー♪”と歌ってくれましたっけ。

身内に恵まれなかった私には、大切な逃げ場所、
人生初のホンモノのシェルターでした。


でも、AA嫌な人もいるよね、わかるわかる。
それはそれでOK!それはそれで、間違いなく問題があると思う。
こまった対応された人も沢山いて
そういう被害にあった人たちには本当に申し訳ないと思ってる。
私が直接関わったか否かは別として、
”完璧じゃないから”、を合言葉に、一方的な見解だけで拒絶されたりした
人もいるもんね。

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by eremiya2002 | 2008-01-20 01:22 | 自助グループ | Comments(8)

今夜もAAネタ 皆が好きな”13ステップ” ①

みなさん、お疲れ様です。今夜は男女関係ネタにします。
AAで男女関係を急ぐと、12ステップで示す提案以外の出来事であることから

”13ステップ”

などと皮肉って言われますが、私はこの13ステップで大分苦労しました。

まず、何故男性依存か、これは、当然、男性への依存を母より学びとり
それを一生懸命(いわば誠実に)繰り返し練習してきたからです。
病気だとか、遺伝だとか、原因がうやむやではなく
親の姿から繰り返し学び、実践も一生懸命自然とやっていたから
立派な依存気質になったのデス。

別に誰が悪いということではないんですよ。親だって親から学んでるんだし。

(AAの中で病気・病気とアホみたいになんでも病気にする方々がほとんどですが
病気と言うからには定義を持たなくちゃだめちがう?)

そして、次に、とにかく生活が大変だった。誰か手助けが欲しい。
病気になってなおの事、現実的なサポートが必要になりました。(だって親ダメだったし)
子供は小さい、PTSDはひどいし、アルコール性のうつでとにかく苦しい
体を動かすのがやっと、虐待も一向に止まらない。
だから、Dr.と自助Gのメンバーの提案でMtgは週に1、2日しか休めない。
同年代は家族がどうしたこうした話している中、たったひとり、

子供を抱えて誰のサポートもなく泣きじゃくっていた私。
子供との別れがまだ現実だと思えず、のた打ち回っていた私。
好きな服?旅行?彼氏と普通の恋愛?ありえない、全部ありえない。
何で生きてるの?

そんな感じで、とにかく誰か手助けして欲しい、手助けの対象
やっぱ男っきゃないでしょ、そんな感じでした。

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by eremiya2002 | 2006-03-18 20:51 | 自助グループ | Comments(13)

AAミーティング依存≠自立 神への依存=自立

自称、ミーティングで全てをもらっている皆さん。
神への正しい依存は自立ですけど
ミーティングへの依存はただのアディクションです。
それが必要なのは、歩けない初期だけです。
自立が達成されないから、いつまでもミーティングが必要になるのです。

「成年に達する」に

医学会や宗教界のつなぎ目、と自助グループを指しているのに
そこに「全て」があると抜かしはじめたことから、
ボタンの掛け違いが起きているのですよ。
全てがあると宣言するという事は、
自身は完璧だと宣言している事になりません?

なんておろかな
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by eremiya2002 | 2006-03-04 11:32 | 自助グループ | Comments(0)

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AAにはスポンサーシップって言うのがあります。あ~あ、またAAネタですんません。
でも、ちいとは読んでください。

赤裸々に書こうかな、って思っていて。真実だし。
最近自助グループって数も種類も膨れてきているので
ここ10年か20年は流行るし、もてはやされると思うのですよ。
でも、膨張するのは、ここ10年か20年だろうな、とも思います。

どんなブログの記事を読んでも、カウンセラーや医師、などのスペシャリストの
意見を見ても、「わかってないんだな・・・」と思わされることしきり。
仕方ないですよ、見解なんて後からついてくるものだし。

さて、AAの原理をどのように実行するか、個人的に教えてくれて
手助けしてくれるのがスポンサーと呼ばれる人ですが

私もかれこれ6年くらい相談役をお願いしていました。
ま~これがこれが大変でした。
そして、今とっても客観的にこのスポンサーシップの問題を感じています。

私が一番ながく相談をしていたスポンサーは
この業界?では相当名が知れている人でした。全国津々浦々歩き回っていたみたいだし
とにかくどんなところでも顔をだしている。
話を聞く態度も、弱った人たちに対する接し方も非常に素晴しい。
私も、何度も何度もなきついて、ともに泣いて貰い
励ましてもらい、慰めてもらい、勇気付けてもらった。
特に、繋がった初期~3年4年くらいのメンバーは崇拝するし
男性で自立が出来ないオクチだけのタイプの人たちは彼女の涙にいちころ。

まるで本人はナイト気取りでその女性にくっついて歩くようになる。
アタシだったら蹴散らしちゃうけどね、だって依存されるの助長したくないもの。

そ、だから、彼女が親とナリ、尊敬する対象となり
彼女は神様の代わりとなって善行を行い
ちゃんと自立してきた人たちの忠告を無視し続け
弱い立ち上がれない人々を次から次とかまって歩き
ほとんどの話し合いにクビを突っ込み
本当にAAの書籍で先人が神様を伝えたいと思って努力したことを
完全に無視して、自立する力を奪ってしまう。
だから、どのメンバーも、

「神様、有難う。あなたは居たのですね」

とは言わない。だって、神様を知らないし、学ぼうとしないから
神さまがどんなだか伝えられない。
勝手に「こんなもんだろう」って決めちゃって、
「~でいいじゃない、~でいいわよ、きっと~よ」
「神様はきっと~なんていわない」
「神様だったらきっと~だわ」
と適当言いまくり(今思えばね)←そういうAAメンバーすっごく多い。
神様以外に好きな著書とか好意を持っている著名人を出してきたりして、
神はどこぞえへ行ったのか、とにかくドンドン外れていく。

もう超よっぱらい。

それを注意すると

「神様は感じるものだから学ばなくたっていいじゃない」と言って
泣き出す人もいました(←は~)


だから、この人にスポンサーシップをとってもらってきた人たちって
見た目自立しているように見えるけど、口先だけで
すっかり彼女色に染められ、自主性がなく
自分の身に危険が及ばないようにするそういう方法だけを学んでいる。
だから、弱い人たちとしか関われなくて、表に出て行けず
スピリットが細々としてる事がほとんど。社会性もイマイチ。

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by eremiya2002 | 2006-03-01 19:54 | 自助グループ | Comments(0)

一生懸命やっているんだ、もうカンベンして!! と思ってた。

これは、とあるブロガーさんとやりとりしたメールで、私の返事。
ホントに献金について、今の私には救いのメールでした。有難うございまっす!!
(一部ちょいと変更)

**********************************************************


10分の1献金について、とにかく、大分わだかまりが解けました。
経験を聞くと言う事は本当に何よりも説得力がありますね。

一生懸命やっているんだ、もうカンベンして!!

そういう状況がこの1年弱の間に沢山ありました。
その中でどうにか献金もしてきました。
確かに10分の1まではとどかない、そうですね20分の1程度でした。
でも色々と足りないと思っていた私にとっては多額の献金でした。

私は、AA(アルコホーリクス・アノニマス)と言う団体で半ば洗脳され
良い部分を越えた人間的な悪い部分・・・神以外をたてて、
自分の力で生活をなんとかするという、結局がんじがらめの
律法主義に5年以上苦しみました。
(結局人間の思想や態度が尊重されて神様そっちのけ、でした)

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by eremiya2002 | 2006-02-18 21:41 | 自助グループ | Comments(0)

謙虚・謙遜-アルコホーリクス・アノニマス

○●はじめに●○

*私は今夜、アルコホーリクス・アノニマス(通称AA)の問題点と思うことについて述べます。
この団体は、
アルコール依存症の人間が酒をやめていくために必要な
知恵と経験をふんだんに持っています。
それは私が知る限りアマチュアの団体でありながら、
セミプロのような力を持ち、医学会からも賞賛と信頼を長くを得ている程です。
ですから、今夜私が述べる事は、問題点に絞られていると言うことを
予め理解していただきたいと思います。クリスチャンの方々、わかりにくいかも知れませんが、万が一気づいた事があれば、意見宜しくお願いしたいと思います*


アルコホーリクス・アノニマスや、その他の自助グループに通えば、
必ずと言っていいほどこの”謙虚” ”謙遜” と言う言葉を耳にします。
とにかくミーティングの中で幾たびも飛び交う言葉でしょう。

辞書等で意味を調べるのも勿論いいと思うし、
何より自由に論じ合い捜し求めていくこと、とてもよいと思っています。
何せ、私の場合はアルコール依存ですが
この依存症と呼ばれる症状を持つ人間には、到底無縁だった事なのですから、
こういう事に触れていく事そのものが、成長と回復なんです。

ただ、私がいつも危惧するのは、自助グループ特有の
「個人の意見である」とか
「成長の段階だから」とか
「完璧にはなれないから」とか
「人それぞれだから」

類の決まり文句を盾に、いくらか良い状態になったメンバーが
(自助グループでは”先行く仲間”とか”スポンサー”とか言います)
持論の「謙虚・謙遜・傲慢・高慢」を語り逃げしているのが
とてもよろしくないな・・と感じているんですね。
感じているというか、そういう事に非常に大変な思いをしてきた経緯があるため
真実を掴んだ今は、とにかく大きな問題だなと深く思い、頭を悩ませています。

どうしたらいいのか。

今は私は現場を離れ、数人の私を信頼していてくれるメンバーに
神様の本来の厳しい教えと、想像を絶する愛の大きさと、
何よりもそこからくる真の平安をかげながら伝えるという地道な作業に没頭しています。

大胆に言えば反発を煽るだけ、それこそ、熱く語れば、”傲慢”と位置づけられる。
勿論、当人達はそう直接言葉では言わない。
でも、明らかにハッキリ言う人間、熱く語る人間を何らかの部類に分別し
自分が平安で居る為に、人を除外するコミュニケーションスキルを利用します。
(そういう率直な意見を言うと、今度はこちらの被害妄想とか言われちゃったり
とにかくまともなキャッチボールを避ける技ばかり磨きをかけます;汗)

”私達アルコホーリクがお酒から離れている為に必要なのは平安である”と言うセリフを盾に。

当人達は言葉には出さないけれども、その言葉の端はしに心の言葉が映し出されています。
「私の分類は、どちらかといえば謙遜だと思います。そして、今浸透している方法もふつつかならがらも謙遜に分類されると感じています。でも、あなたは分類されないのでは?」と。

”こっちはアンタがイヤだからさける”、といえる人間のほうがまだずっと謙虚だと思いますね、トホホ。
自分を罪人と位置しないところから、逆にその人間の傲慢さを感じざるを得ないですよね。

そしてそういう、見せ掛けの謙遜には暫くの間、とても影響力があります。
数年・・10年、20年縛られたりする事も多くあります。そして人数も集まるので
当人たちも、集まりの多くのメンバーも
”人数がいるからおおよそ間違いない”と思うのです。
これは神の意思に間違いない、と。

でも、その認識は未熟で何の裏づけもなく
人から伝わったものを鵜呑みにしている事が結構あるにも関わらず、
人は人を信頼し、真実を深く掘り下げようとしません。偶像礼拝ですね。
まさに独立性が無く、依存症なんです・・・・・!!

結果として、(私のように:笑)真理でないものを取り入れようとすると
本当に憐れで貧しく心虚しい人間や
大きなトラブルを抱えている人が、お酒をやめた最初の数年は良くても
あとから思いっきり道に迷う人間が発生します。思いっきり迷います。迷いました!!
そして、迷っている人を残念ながら・・・・・・・・・・・・・多く見ました。
私の地元のAAはまだ、そこに目が行きません。
「自分達で考えた平安の地」を作成するのに忙しいからです。

私は、真理でないものを真理にしようとし、
当てはまらない自分を責め続け、抜けない迷路に入り、非合理的な努力し、
消化できない不遇を抱え、超えられない現実の高い壁に嘆くように益々なっていったのです。
その後教会に泣いて転がり、真理を得、自分が自由になっていったときに
自助グループに言って、「ヤッパリ今の状態は真理ではないよ」
と必死で暴れても、熱くなる事で除外されてしまう事が多くありました。
ンなこというと、私の問題点をことさらに取り立てられたりしてね。

そして、その中に静かにおさまり、自分達の心が乱れないように事を進めている人間は、
どういう特徴なのか調べると、
神(AAではハイヤーパワーと言う)を信じ、満たされているから出来ると言い切りながら
後ろ盾には、金銭の援助、異性関係への依存、家族の援助、等
この世のものにすっかり支えられているのが事実でした。
この事実は今もかわらず、そしてそれはビギナーの目にそれは映らず、
私自身は非常に歯がゆくもどかしい訳です。とにかく祈るしかありません。
私が出来るのは、この憐れな状態の地元の自助グループをただ
神様の考えの方向へ、神様が持っていってくださるように、
真理の厳しさと愛の深さを追究しないものには、
それ相応の報いで彼らをあなたの方法で教えて下さいと
祈るしかないのです。

祈り、これが最善なんですけどね!!

私はこの事実を、自分自信の経験と、自分が沢山のAAメンバーと出会った事と
出会う為に必死で出かけた事で・・・・・・・・・・・・・・・・確信しました。
だからこそ最近は、
「AAのメンバー以前に私は人間であり、クリスチャンである。AAはおかしい」
とハッキリ断言できる強い信仰と、その信仰により足元が固まり
よい人生を展開している人に少しずつ会うことが出来るようになったのですが
ここに病院から紹介されて、もし私のように本当に真理に飢えている人が
この人間的な思惑の中で運営されている団体に
半ば脅しをかけられて、強制的に送り込まれる事を思うと
不憫でならないのです。そして、私が責任を果たしていないような気持ちになるのです。
その申し訳なさと責任間がいったり来たりしているので
”自助グループで悩む人へ”と言うジャンルを立ち上げています。

このAAの特徴は、「スポンサーがそういった」と言う、
”スポンサーと言う人間に対する信仰”が大きな問題の一つです。
人が人を支えている事が非常に多いのが自助グループの特徴なのです。
ザンネンな事に、何年もこの自助グループに在籍しているにも関わらず
「スポンサーが」「メンバーが」「仲間が」「ミーティングが」
私を救ったと断言する長いメンバーがなんと多い事か。
そして、いつまでも依存しあいながら生活をしているメンバーの
なんと多い事か。

著書は読み尽くす、でも、神は都合のいいところしか登場しない

この方法を選択している人間が”謙虚”か?
これがAAの目的と、著者は書いていたのか?

出版された図書には ”神を伝える事が目的”
と書いてあるにもかかわらず、この文章に目を止め、
外側からの意見に耳を傾けるものが何人もいないのです。
言葉の端はしにこの神を利用し、何かのエキス程度にしかまだ
それを利用できない、信仰の幼稚園生である事に、何故気づかないのでしょうか。
その、真理に到達できない甘さ・・・・つまり

「世の中のもので支えている生活」が、
本当に神にしか救えない憐れな人間に迷いと苦しみを与えていると言う
大きな問題があるのに。
平安で居る為に必要なのは、真の神の知識しかないのです。
そうすれば、荒波の意味もわかる、強く論じ合ったり
長く祈り続けたりする事の意味と必要性がわかる。
アルコホーリクス・アノニマスと言う本がどうして完成したのかもわかるようになる。
神の考えがもし反映している場所と集まりであれば
それを謙虚に学び続ける姿勢がある場所と集まりであれば
貧しくひどい、人も毛嫌いするような環境・状態・状況の人が
ひっくり返ったような人生に成っていく事が見えるはずで、そういう人たちが
リーダーシップを取っていくように変化していく・・・・はずなのです。

でも、いまのAAにそれはないのですよ。少なくとも、地元のAAには。

いつまでも「お酒がやめられた実績と、辞めていく人数」にあぐらをかいて
こぼれおち、苦しむ人たちに、またどんよりと悩む人間に
真実の道を与える事が出来ていないとしか思えない。

このアルコホーリクス・アノニマスと言う団体から出版されている図書のなかに
12&12Steps と言うのがあります。
以下は、その中の一文ですが

「私達のほとんどは、良い性格が望ましいと思っていた。
だが、それは自己満足の中で生きていくのに、良い性格が必要だったからだ。
私達が誠実さやまじめさを適当に示していたのは、
実は自分が本当に欲しいものを手に入れるのに有利な立場に立つためだった。」

あなたは、本当に謙遜について語るなら
自分が本当に欲しいもの・・・・都合の良い平安・・・・を手に入れるのに有利な立場に立つためではなく、
本当の「神様の意思」を学ぶ事が必要ではないですか。
それを知る人から、学んでいく事ではないですか。

貧しい人から学びなさい。
憐れな人間から学びなさい。
失った人間から学びなさい。
世の中のものに満たされていながら真理を知っていると語るのは誰ですか。

このアルコホーリクス・アノニマスと言う本を用い
福音を述べ伝えたビル・Wは素晴しいクリスチャンでした。
でも、今日、彼が何を伝えたいか知るのではなく
あいも変わらず、彼が賞賛されている事を彼は悲しむだろうなと
私は思います。
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by eremiya2002 | 2005-09-19 00:56 | 自助グループ | Comments(23)

依存からの回復はセルフヘルプグループしか方法がないの?

依存からの回復はセルフヘルプグループしか方法がないの?
それは違います。ただ、専門としているので、
回復のステップとして利用するにベターだと思います。
勿論、私も病気の本人ですよ!!
セルフヘルプフループの、自己分析力や認識力は、
自分をさらけ出して話続ける為、高いなぁと感じます。
でもそれだけではどうにもならない事が待っているし、
返って自分の汚さにがっくりする事が多いのでは?と思います。
特に、私の地域のセルフヘルプグループは、
本来の場所にいないんだなぁと思いますよ。
神様を受け入れて回復していく人生ってもっと楽しいし
そんなに深く深く掘りつめて汚れを取り出しては見つめ
汚れを取り出しては見つめ、なんてやらなくてもいい。
やるから謙遜、やらないから謙遜じゃない、っていう定義も間違ってるんだけどなぁ
なんて思いながら見ています。

もっと神様ってステキよ♪神様の力で回復していくって、
本当に”解放ーーーー!!”って感じです。

知的な人たちが色々と論じ合って沢山の資料を集めたり
意見を交わしたりしているのをみて
知恵が与えられている人って大変だなぁと最近しみじみ感じます。
こんなにも神様が遠いのね・・・と。素直にそこにたどり着けないんですね。
神様の世界は本当にシンプルですぐそばにあるのに。
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by eremiya2002 | 2005-07-05 01:13 | 自助グループ | Comments(0)

AA/アルコール依存症について ★重要な補足★

こんばんは。今日ももうこんな時間になってしまいました。

さて、先日、AAの問題点をだらだらだらっっと書きました。
ただ、ちょっとこのブログでアルコール依存で検索したら
結構投稿している人が居る。
そして、このプログラムを信じ始めている人が居る。
はっきり言って、こういう良い状態の人には
AAの批判は辛いはず。だからコメントしておきたかった。
先日のコメントは、AAで数年過ごしていたりして
そこに限界を感じている方
嫌になっていかなくなっちゃった方
または
とにかくAAがイヤだ
と言う人にお勧めの投稿だと思う。
それに、AAの文献の中にも
AAはほんのつなぎ目でしかない事を
表明している部分がいくらかある。

そういう私は、本当にAAを愛し、AAに感謝していた派だった。

辛くて行き詰っている事も、全部自分の欠点や短所のせいで
イコール駄目なやつ、弱いやつ、漸く生きているやつ
と、心の奥深くで思い抱え、それを認め、出来るだけ感謝を捜す
と言う努力をするから、生きているんだぞ、生かしてもらえているんだぞ
と言う、まあなんとも神様の考えとは今は到底思えない寂しいところに立ちながらも
AAを肯定していた。
だから、AAを否定された文献を読むと一晩二晩ぐったりするほどだった。

何度も繰り返し言おうと思う。
アルコール依存や~依存の人が依存を絶つには、
この自助グループでのセルミーティング方法は
唯一の、と思わず言いたくなるほど
相当の効果を発揮し、まるで生まれ変わったかの如く
世の中に送り返してくれるところである。


AAを愛している人たち、消してAAが悪いとは
私自身思っていないし、逆に、断酒の為には最高の場所であると
言い切りたいくらい的をついているところなので
安心して欲しいし、信頼して、その場を愛して欲しい。
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by eremiya2002 | 2005-04-11 23:58 | 自助グループ | Comments(0)