ねこ好きですか?

今夜はもう寝ますが、質問です。
このブログでお友達になってくださった方
よく出入りしてくださったり、また私がしょっちゅうお邪魔する方々・・
なぜか皆さん、猫好きですか?
クリスチャンって猫好き・・・・?と偏るわけもないのでしょうが
なんだか楽しいです。

さぁて、漸くレポートも終わり、本日のトレーニングも終了してきました。
やっぱり彼氏居なくて良いのかも・・・・。
だって、関わっている暇がありません
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・・・・。
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by eremiya2002 | 2005-08-31 00:47 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(6)

仕事さぼり

今日は仕事をサボってレポート作成しております。
会社のみんなゴメン・・・って、あんまり関わりもないけどね、
1年もいれば多少の信頼があるメンツもいるのでその辺にはちょっと心苦しい。
でも、家事・育児・仕事・勉強、となるとさすがにキッツーーーーイ。
前やっていた英語はまさに1年間の習い事、だったためどういう風に活用するかは
本人に任されていたわけではないですか。
でも今回は違う。貧乏人の私がお金を払い、期日が決められて
提出課題があり、とにかく全てを提出し、学科試験を受け、実技試験を受け
合否があるわけだから、結構切羽詰っています。
講義が先週日曜と今週日曜とぶっつづけのため、レポート作成がままならず
休んじゃったわけです。あーあ、これで最後の有休もおしまいですぅ。
神様宜しく守ってください!

そういえば、綾戸智絵のコンサートに行くお金が欲しいんです、今。
なんて話は飛びましたが、私が車でいつも聞いているので
娘も一度聞きに行きたいといっておりますが、
ま~~~~~~~~~~~~~お金がありません!
今の会社も暫く辞めないだろうと思い、総務事務員らしく少々お洋服を揃えたりしていたのに
結局自ら契約更新しない事をいっちゃったので、
お金ないんですよね~ワハハ。
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by eremiya2002 | 2005-08-30 14:59 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(4)

スポーツしました

1日中、講義と実技でした。いやぁ疲れた~。でもスッキリしました。
あれからまったく色恋沙汰は消え、また普段の生活へ戻っていますが
同じようで同じでもないですね。
イエスさまと一緒の失恋は、別にさめて居たわけでもなく
嫌いだったわけでもなく、ただ依存しない恋なので
立ち直りも早いわけですね、こりゃ。またビジョンを持って前進しております。
それから、今の派遣社員も次の更新はせず、やめてしまおうと思っています。

今、支払いは沢山あるし、私の肩に生活の全てがかかっているけど
神様からのOKが出ているのでこれもまた前進しようと思います。
私は、自分の手に人生を握りません。
神様がOKといえばOKなんです。支払いがあって、子育てにお金がかかっているからこそ
暗い辛い境遇を貧しく悲しく受け取り、悲しみながら苦しみながら仕事をするという事は
しません。子育てにもとっても悪い。人生は良い事だらけ。捜さないのは罪深いから。
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by eremiya2002 | 2005-08-28 22:11 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(4)

忙しくなりました。

ご無沙汰してしまいました。
忙しくなってまいりました。
母教会が建堂10周年を迎えるので、何かとあわただしいのと
(といってもそんなに手伝える訳でもないのですが)
私が長年の目標だったスポーツ指導員の資格取得のため、
勉強が始まってしまったのです。
働くママが勉強に向かうのはま~至難の業ですね!
でもアホほど難しいわけではない(がんばってちゃんとやれば)ので
あとはそのスポーツの技術・能力が備わっていれば
なんとかなるはず・・・でも甘く見て何とかなりはしないので
がんばります。そういう訳で忙しいです。
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by eremiya2002 | 2005-08-27 22:41 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(0)

私には何も出来ない事 悲しく感じる事 

今日、私は久しぶりに地元へ行きました。
といっても実家は既に無いので、友人宅を何軒か歩きました。
(当時アパートに暮らしていたが、家賃滞納で追い出され、その後両親は離婚したので)
だいたい、自分の里帰りと言うと、友人宅をチラリと回って帰るのが常です。
それで結構今は満足しています。
私が自分の不遇を消化できない長い年月、その里帰りは自分の虚しさを
広げるだけでしたが今は全く違います。

でも、今回は悲しい事がありました。

私は中学生の時からの友達が居まして
5年前、どうにもならない溝が出来ました。
信頼も深めてきた部分もあれば
もう限界だと互いに思う部分も作り上げていたのです。
私は私の過ちと彼女に掛けた負担を思えば、今となっては何の文句もなく
よくぞあんな私に付き合っていてくれた、としか思えないのですが、とにかく
色々な場面を共にしてくれた友人と断絶せざるを得ない時期が、この5年間でした。

私の中では答えはまとまり、久しぶりに先日長電話をし
世間話を交えながら、過去のこと、今の事を話しました。
その時は、話は良い方向へ向かったと言う手ごたえを感じたのですが
今日、お盆で会いにいった私に対して

彼女はとても冷たく
友人に対して発するような言葉ではないような言葉で、お断りを受けました。
体調がよくなかったというのはよく分かりましたが、お盆には行くと言う話で
合意していたハズなのに・・・。
でも、それにしてもこの言い方は普通じゃないな・・・と感じるような態度でした。
5年のブランクがあろうが、そのくらいは分かります。

ウチの娘も彼女は大好きなので、相当にショックは大きかったようです。
そう、冷たい態度は私に対してだけではありませんでした。
彼女はお盆には実家に帰省しているのが常でしたが
最近役付きになったプレッシャー、
30半ば近くになりステディな相手も居ず独身、
体力がなくいつも調子がわるいらしい事、
結構意固地なところがある事から考えれば、想像がつかなくも無いのですが
悲しみしか残らないような対応を受けた事は私にとってやはりショックでした。

結局、他人にそういう風にしてしまう心に対して
憐れで悲しみが沸きました。
確かに私に対して過去の事を振り返りながら
色々な感情が出るのだろうと思いますが
それをあらわにやり返す辛さを思うと
なんとも言えない気持ちです。

「そんな事をしても、何も良い事はおこらないのだよ」

と、私が言うと全く説得力が無いのでいえないし
(逃げていると思われるのがオチ)

「仕事の責任、生きていく責任について、世の中に答えは無いよ」

と言ったって、口では分かっていると言うだろうし
ひねくれた答えと、はぐらかす答えしか返ってこないだろうとも思う。
ただ、私と言う人間が求められていないようだと言うことを
今日は理解し受け止めなければならない日でした。
そこまでしなくても、と思わずには居られない気持ちにもなりましたが
そこまでしなくてはならない気持ちなのだろうと思うと、
そして、その原因を私が半分作ってきたと思うと、
やはり、涙は出るが受け止めていこうかなと思いました。

ただ、悲しみはするが、屈する事はしないよ、ゴメン。
この不和にはアナタにも責任がある。ただそれは私に言う資格はない。
私にぶつけているうちは、アナタはまだ長く苦しまなくてはならない。

捜すのに時があり、失うのに時がある。
保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。
引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。
黙っているのに時があり、話をするのに時がある。
愛するのに時があり、憎むのに時がある。
戦うのに時があり、和睦するのに時がある
・・・・・・・・・・・・・神のなさる事は、すべて時にかなって美しい



伝道者の書:3-6~




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そして、この友人に会う前に、私は他の友人と会っていました。
私は、心配していた高校時代の友人の事についてたずねました。
深い付き合いではありませんでしたが
学校内では良く知っている仲でした。
卒業後、彼女は難病にかかり、普通の生活に支障が出ていると聞きました。
とても活発・快活・明朗・そして美人
彼女は沢山の友人が居ました。
その彼女はどうしているか、と尋ねたら、現在は完全に寝たきりになってしまったと
言うことでした。
自分の病気と生活に対する対応で世の中に目を向けている暇もなく
突っ走った20代だったので、周りの出来事・友人関係は、あるだけ辛く苦しかったので
完全にシャットアウトしていた私でしたから
そんな事になっているとは思いもしませんでした。
でも、卒業してから15年弱になるのです。
彼女はずっと寝たきりだそうです。
当時付き合っていた彼が、責任を感じて結婚をしたけれども
結局離婚したとの事でした。

今回の帰省で得た現実は、私の心の深い部分を
また違った意味で呼び起こさせるものでした。

どちらの事も、私の手ではどうする事も出来ない
小さな私はただ悲しくなるだけ。
ただ現実を受け止めるだけ。

声を掛けてもきっと私の声では届かないし、んなことする資格もない。
ただ、私が知り、伝えたいのはいつも誰にでも一緒です。
そして、私が不遇に苦しみながら見つけてきた答えが
「不遇には意味があり、それには答えがあり、
それが無ければやれない仕事があるという事」です。

私達は常に誰かに必要とされていて
沢山の責任を担っている大切な価値のある社会の一員です。
「私」しか出来ない事が任されています。

そこを通らなければ知れない恵みがあるので
私達は受けている恵みを探し出すと言う大きな責任があり
伝えていくと言う責任があります。
著名になり講習会に呼ばれる必要があるのではなく
人生の中で誰か一人でも救い出す事が
私達の目でみて小さくても
神様の目に大きいからです。
価値観を変遷させる勇気、正しい知識が必要です。
何よりもまず、本当の慰めが必要です。

本当の慰めに出会えるように
私が出来るのはただ一つ
そのように祈る事だけです。

神様、聞いてください。私にしてくださったように
彼女達を憐れみ、愛し、抱きしめ、引き寄せ
その胸の中で涙を流せるように
救い上げてください。

私には何も出来ません。その魂に触れられるのは
ただ神様、あなただけです。






よく分かった今日だった。
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by eremiya2002 | 2005-08-16 00:09 | クリスチャンとしての私 | Comments(3)

あしあと

あしあと

ある夜、私は夢を見た。私は、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでの私の人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上に二人のあしあとが残されていた。
一つは私のあしあと、もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
私は砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには一つのあしあとしかなかった。
私の人生でいちばんつらく、悲しいときだった。
このことがいつも私の心を乱していたので、私はその悩みについて主にお尋ねした。

「主よ。私があなたに従うと決心したとき、あなたは、すべての道において私とともに歩み、私と語り合ってくださると約束されました。
それなのに、私の人生の一番辛いとき、一人のあしあとしかなかったのです。
一番あなたを必要としたときに、
あなたがなぜ私を捨てられたのか、私にはわかりません」

主はささやかれた。

「私の大切な子よ。私はあなたを愛している。
あなたを決して捨てたりはしない。ましてや、苦しみや試みのときに。
あしあとが一つだったとき、私はあなたを背負って歩いていた。」

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Footprints

One night I dreamed a dream.
I was walking along the beach with my Lord.
Across the dark sky flashed scenes from my life.
For each scene, I noticed two sets of footprints in the sand,
one belonging to me and one to my Lord.
When the last scene of my life shot before me
I looked back at the footprints in the sand.
There was only one set of footprints.
I realized that this was at the lowest and saddest times of my life.
This always bothered me and I questioned the Lord about my dilemma.
"Lord, you told me when I decided to follow You,
You would walk and talk with me all the way.
But I'm aware that during the most troublesome times of my life there
is only one set of footprints.
I just don't understand why, when I needed you most, You leave me."
He whispered, "My precious child, I love you and will never leave you
never, ever, during your trials and testings.
When you saw only one set of footprints
it was then that I carried you."
心に残る祈り
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by eremiya2002 | 2005-08-15 01:17 | Comments(0)

反対派選挙区に対立候補は「当然」 石原都知事

eremiya的にたまりません。
小泉さんと石原さんはタイプだからです。
なんでって顔とセンス・・・ってビジュアルの問題ではなく
内面が外見に表れているからです。
そりゃ時々へんちくりんだし、偏りがありますが
何が違うと思います?「主体性」があるんです。
最近某企業のトップに立った人も言っていました。
色々なところで言われています、日本人の大きな問題
「主体性の無さ」です。
これは当然支持を受けますよ。

自分の考えを自分の責任で行動し、迎合せず突進する。
(時々間違う)
でも進む。
こういう大人が増えてくれば、自然と世の子供達も希望を持ち
奮起するようになるんですよ。
大人もね。長く悪い時代が続きましたが
そろそろステージが変わりそうですね。楽しみです。


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そうそう、そういや、アルコール依存症の集まり・・・
アルコホーリクス・アノニマスの人たちもね
これを大事にしてちょ。主体性。
あそこは”酒をやめる事が目的”のところではないので
先生方も宜しくっ!オフィスの方々宜しくっ!
酒害者が禁酒している姿は先生方もカウンセラーの人たちも本人達も嬉しいから
この集まりを大々的に宣伝し、支持しているようですが
中身がないとお酒が止まっただけの面々が死海のように淀んでますから。
そこに薄っぺらい話をしゃーしゃーとするやからが来てですね
分からないビギナーたちはきゃあきゃあゆっちゃう訳ですよ。
なんておろかな・・・・。でも数年経てば、この信仰の薄さ
浅はかさがちゃんと本人達に返却されるから良いのですが・・・・。


主体性は信じ委ねる事が出来てくると生まれてきます。
うまく流暢に話す人、体に柔和が現れている人
そりゃ悪くないだろうケド、薄いちり紙みたいにペラペラだったりするからね(笑)
好き勝手に謙遜を想像して、その人たちを信仰せず
困っている人たちよ、正しい事に目を開きなさい。
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by eremiya2002 | 2005-08-11 22:41 | 最近の世情・事件 | Comments(0)

派遣社員になって抱えた自己矛盾とは?

先日まで、私は約1年間、
うまれて初めて体にハンディキャップがある人と共に仕事をし
生まれて初めてその苦しみと心のねじれの入り口を知りました。
全く1年の間封鎖され、呼吸も出来ていないような苦しい毎日でした。
祈りもだんだん悪態になってきて、何がなんだかわからなくなるくらい
ふてくされていました。
そして、何件か前の投稿で、もうやめる宣言をしました。
それなのに、私は今生き生きと職場を愛し、勤めに行っております。

まずは
みなさんのお祈り感謝します。
神様有難うございます。

自己矛盾。。。。これは私が通う教会の牧師が行ってくれたなぞを解くカギでした。
もう、祈ってもがんばっても何しても、どこか自分が悪くて問題の尾をひいているのだろうけど
とにかく答えが見つからない、迷路に入ったまま既に完全な逃げ腰だった私に
牧師が言ったのは、自己矛盾、そして、依存でした。
私は依存症の為の自助グループに通いまくった人間なので
依存症の症状というか思考回路は普通のひとよりはまず詳しいです。
ですから、自助グループの中で、自己規制をする力はかなり訓練しました。
でも、世の中で起こる問題に対して、自助グループで学び取るものだけでは
全く通用しないことだらけです。自己規制だけでは解決しません。

しかし・・・・得意分野だと思っていたのに、なぜここでまた依存?
いったいどこ?
牧師につっこんでみると、自己矛盾について問われました。

牧師:~さん(私)は、~クンというハンディのある人の暗闇に巻き込まれ傷つきましたね。
私:はい。

牧師:でも、派遣社員だという事と、普段居ない上長からの指示で
直接彼に意見を言ったりしないように心がけてきました。
私:はい。

牧師:でも、素直にその指示に従っていると、ハンディのある~クンの暴走は止まらず、人が見ていないところでどんどん好き勝手な振る舞いと言動を繰り返す。そして、~さん(私)は、この~クンを任された事により会社を恨み、派遣社員という立場を憂い、上長の人たちに幻滅しました。
私:そうです。

牧師:確かに大変でしょう。もう有休も使い果たしそうなほど休んでしまうくらいですから。~さん(私)は、何かあるとすぐ休む、すぐ帰る、と言う段階の人ではなくなっていますから、相当苦しかったのでしょう。
私:凄く苦しいです。どうしたらいいかわかりません。このままじゃ耐え切れません。

牧師:~さん(私)は依存しているのですよ。わかりませんか?この人たちに何が分かるの、と会社と上司を恨みつつ、分かってもらえない、分かってもらいたいと嘆いている。
~さん(私)は何を信じて生きている人でしたか?何か大切な事を忘れていませんか。
私:・・・・・・・・!!

そう、わかったのです。自分では全く普通に行っていた事が
物凄い依存だったのです。お前らに何が分かると思いながら、
分かって欲しいという思いを抱えながら生きていた為、
心に矛盾が発生し行き詰まり苦しんでいました。
私には、分かってくれる方がいたじゃないですか。
この方を信じて、うまくいかなかったことなど
一つもなかったじゃないですか。この教えに従ったとき

「チクショウ、信じるんじゃなかった、時間の無駄だった・・アホクサ・・・」

なんて思う結果になった事は、1度たりとも無かったのですから
実績を持っている私は漸く応用問題を解いたようなものでしたよ。
体中爽快感にあふれました。

私:先生、明日から全然問題なくいけます。もう十二分です!!

この宣言で、あっという間に職場が変わりました。
私は、この通う会社が大きかろうと、職場の上司がどんなエキスパートで
名刺の肩書きがちょっとドッキリでも(笑)、嫌なものは嫌だし駄目なものは駄目。
不当な事は不当だし、おかしな事はおかしい。
これを主張するとき見方が居ない場合があっても良かったという事です。
でも、理解者が居ない事を私は非常に恨み苦しんでいましたから、
もう理解してもらえなくたっていいも~ん、と思えたときの楽さったらなかったです。

それは悪意に満ちた忘却ではなく、完全に「消化」でした。

だって、味方が居なくても、正しさを主張するとき私の味方は神様だから。
神様は私を必ず援護し、報い、助けてくれる方なのです。


凄く簡単な事なのですが
昔から当然のように繰り返し行っている思考パターンや行動パターンは、
どこが問題だかさっぱりわからないもの。

<だから聖職者って大切なんっすよね!!>

私は、
いつも困った事が出てきたら
問題点を正確に探り当て、
神様へ委ねていかなければ
完全な解決を見出す事は出来ません。
完全な解決は神の勝利、解決の糸口を探し出すことが出来ず
言い訳をし挫折するのは人間の自由ですね。
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by eremiya2002 | 2005-08-03 22:26 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(2)