ニューヨーク大学のリハビリ研究所の壁にある詩

大きなことを為し遂げるため
力を与えて欲しいと神に求めたのに
謙虚を学ぶようにと、弱さを授かった。

偉大なことが出来るようにと
健康を求めたのに
より良きことをするようにと
病気を賜った。

幸せになろうとして
富を求めたのに
賢明であるようにと
貧困を授かった。

世の人々の賞賛を得ようとして
成功を求めたのに
得意にならないようにと、
失敗を授かった。

求めたものは一つとして与えられなかったが
願いは 全て聞き届けられた
神の意に添わぬものであるにも関わらず
心の中の言い表されない祈りは 
全てかなえられた。

私は最も豊かに祝福されたのだ。


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最近、おちついてきました。

あんまり好きな文句じゃないけれども

上手い事、泣く事もできない私のために
口がうまくない愛のある人たちが思っていてくれて、
こっそり祈っていてくれていたりするかも・・・なんて

上手い事、祈る事が出来ない私と一緒に
心あわせてくれている人がいると
想像したりするだけで
私の心は究極の侘しさの中で
純度の高い、絶対的な愛を感じていたのかも知れません。

これこそが
砕かれないと見る事が出来ない
無駄の無い、飾りの無い

愛かな

なんて。

なんとなく久し振りに、
この詩をじっと味わっていました。

この上なく孤独な時に、

どこにも振り落とさない、
おまえは孤児ではない、

私はあなたの名を、この手に刻んだ、と

聞こえるような気がします。
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by eremiya2002 | 2008-04-08 00:50 | クリスチャンとしての私 | Comments(14)