<   2009年 05月 ( 7 )   > この月の画像一覧

スリランカ


2009年4月29日、インド洋。

サメ漁のために、海に出ていた
インドの漁師ラオ(K. Srinivas Rao)さんは、
およそ、150キロほど沖合いに来たところで、
1隻の小船と、手を振る2人の人影を見つけた。

2人のうちの1人は、
赤ちゃんを掲げていた。


インドの南の島国、スリランカ。
この地から産出されるお茶は、
セイロン・ティとして、世界中で愛されている。


この島の70%の住民は「シンハラ」という人々で、
その多くが仏教を信じている。

この島は、長い間、ポルトガルやオランダ、
そして、イギリスの殖民地として支配され、
人々は苦しんできたが、
1948年、ついに独立を勝ち取った。

そして、シンハラ人たちは、
仏教を基盤とした、
自分たちの理想郷の国をつくろうと考え、
そして、実行した。

シンハラの言葉で「輝く島」という意味の
「スリランカ」を国名とし、
シンハラ語を公用語と位置づけ、
シンハラ人が大学に優先的に入学できる制度をつくり、
就職や事業においても、
シンハラ人の優位な社会を作り上げていった。



だが、それは、同時に、この島に住む
シンハラや仏教徒以外の人々、
特に、人口の15%以上を占める
ヒンドゥー教徒の多いタミル人を抑圧することとなった。

植民地時代に移住してきた
インド系のタミル人は、
市民権や参政権を剥奪され、
タミル語に制限を付けられ、
大学や就職、事業において、
厳しい差別を強いられた。

タミル人の抗議に、
シンハラ人は、暴力でこたえ、
たくさんのタミル人が殺されていった。


そんなシンハラ人による差別と暴力、
そして、タミル人の怒りと悲しみが、
1人の怪物を生み出した。


「神の子」
ヴェルピライ・プラブハカラン、

シンハラ・スリランカ政権に対抗し、
タミル人の分離独立を目指す武装組織
タミル・イーラム解放のトラ
(Liberation Tiger of Tamil Eelam、LTTE)の
リーダーだ。

プラブハカラン率いるLTTEは、
シンハラ・スリランカ政権に対し
激しい武装闘争を展開。

それと同時に、ライバルのタミル人組織に対しても、
攻撃を加え、壊滅させていった。


LTTEの兵士は、子ども時代から徴兵され、
厳しい訓練しを受け、
青酸カリのカプセルを首からさげ、
逮捕や降伏するより死を選ぶと言われる。


25年以上にわたる
政府軍とLTTEとの戦闘で、
死者は7万人、
住む場所を失った者は数十万人に上る。


何度か停戦もあったものの、すぐに破棄され、
近年は、再び戦闘が激化していた。

そんな中、2008年より、
スリランカ政府軍によるLTTE殲滅作成が開始、
LTTEに対し、激しい攻撃を加え、
LTTEの支配地域は、徐々に狭まり、
今年2009年4月には、
わずか20キロ平方メートルほどの
「非戦闘地域」と呼ばれる部分に、
LTTEは逃げこんだ。


スリランカ政府は、LTTEの制圧に対し、
最終局面に達したと表明した。

ただし、大きな問題があった。

これまでの政府軍の無差別に近い激しい戦闘と
LTTEが自分たちの「盾(たて)」とするために、
たくさんのタミルの一般市民が、
LTTEに連行され、
この「非戦闘地域」に閉じ込められたことだ。

その数は、国連によれば5万人以上。


だが、国連をはじめ、国際社会が懸念する中、
スリランカ政府軍は、
LTTE殲滅のため、市民もろとも
「非戦闘地域」に激しい爆撃と共に進行していった。




非戦闘地域の海沿いの村
プツマッタラン(Putumattalan)にいた
オートバイ・タクシーの運転手
S・インドラ・クマル(S. Indra Kumar)さんは、
国際的な人権保護NGO
ヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、
次のような話をしている。


「本当に恐ろしいところだった。
 いつも砲撃されてたんだ。
 4月の5日だったか6日には、
 近所に住む人たちが砲撃でケガをした。
 
 砲弾は塹壕に落ちてきて、
 10人がケガをし、その内5人が後で死んだ。
 
 麻酔薬はなかった。
 医者は麻酔なしで
 ある女の子の腕を切断しなくちゃならなかった。
 
 俺の小さな娘は泣いてたし恐がってた。
 
 それで、俺はここから逃げなくちゃって決心した。」


石切り工の
シバダサ・ジャグデシュワラン(Sivadasa Jagdeshwaran)さんも、
次のように証言している。

「ICRC(赤十字国際委員会)は
 テントを配っていたけど、足りなかった。
 
 それで、俺たちは
 ココナッツの葉で屋根をふいたシェルターを建てた。
 
 雨が降ったり、砲撃されたりしたら壕に駆け込んだ。
 
 食べ物は不足していた。
 
 ある日俺が食べ物の配給を受けるために並んでいた時、
 突然砲撃があった。
 俺は走って逃げたけど、
 後で、40人がそれで死んだと聞いた。」

「沢山の人が死んだ。
 死人が出たって聞く度に、
 埋葬のために死体を引き取るのさ。
 
 2ヶ月前、親父が行方不明になった。
 俺は親父を探しに病院に行って、
 そこで死体を見つけた。
 
 親父の頭の後ろ部分は全部なくなってた。
 顔だけがあったんだ。
 
 俺は医者に、頭をどうにかしてください、
 埋葬しますから、といった。
 
 そしたら、
 埋められる遺体があるだけでも感謝するべきだ、
 って言われた。」



4月20日、激しい砲撃のがやんだ時、
彼らは決心した。

4月21日、午前1時ころ、

ジャグデシュワランさんの、
奥さんと、4歳、
そして、8ヶ月の赤ちゃんクベラン(Kuberan)の
2人の息子たち、
そして、奥さんのお父さんや兄弟たちなど、
21人が小船に乗り込んだ。

誰にも見つからないように、
LTTEにも、政府軍にも…。


船長は言った。
「ここからインドまでの距離は、
 ハバナからマイアミまで行くよりも短い。
 9時間もあれば着くさ」

しかし、小船は、すぐにエンジンが故障し、
漂流することになった。



赤道付近のインド洋。
水も食料も、まったく無かった。


まず、子どもたちが死んだ。

4月24日、
S・インドラ・クマルさんの3歳の娘と、
ジャグデシュワランさんの
4歳の男の子が死んだ。

子どもたちは、海に流された。


それから、ジャグデシュワランさんの奥さんの
お父さんが死んだ。

そして、ジャグデシュワランさんの奥さんの
2人の兄弟は、海に身を投げた。


「1人ずつ。
 子どもたち、赤ん坊が死んだ。
 食べ物も、飲み物も無かった。」

S・インドラ・ミーナンさんは、
ニューヨーク・タイムズのインタビューの中でそう答えている。

「24日、死んだ。
 25日、そして、26日。
 1人ずつ死んでいった。」
 
漂流から9日目、
船長が海に身を投げた。

錯乱したのか、罪の意識からかは分からない。




2009年4月29日、インド洋。

サメ漁のために、海に出ていた
インドの漁師ラオ(K. Srinivas Rao)さんは、
およそ、150キロほど沖合いに来たところで、
1隻の小船と、手を振る2人の人影を見つけた。

2人のうちの1人は、
赤ちゃんを掲げていた。


掲げられていた赤ちゃんの名はクベラン(Kuberan)ちゃん。

8ヶ月のジャグデシュワランさんの息子だった。

クベランちゃんは、
お母さんのおっぱいを飲んで生き残った。

お母さんは、クベランちゃんに、
救出される直前まで母乳を与え、
そして、死んだ。


小船に乗り込んだ21人のうち、
救出されたのは10人だった。



収容された病院の上の柔らかなベッドの上で、
クベランちゃんは、
お父さんから粉ミルクをもらい、
オムツが汚れていないか見てもらっている。

赤ちゃんは、何が起きたかも知らず、
楽しげに笑っている。

そんな親子の姿が、
ニューヨークタイムズに、
写真と共に載せられている。


日本から遠い、南の島国。

ほとんどの人は紅茶産地としてしか知らないかも知れないが、
スリランカ政権にとっては、
日本は最大の援助国だ。

----------
関係リンク
New York Times
Boat to Safety Is Death Trap to Sri Lankans
http://www.nytimes.com/2009/05/06/world/asia/06lanka.html

Human Rights Watch
スリランカ:「ボートピープル」が戦闘禁止地域での恐怖を語る
http://www.hrw.org/en/news/2009/05/05-0

国境なき医師団
「一人の男の子が訊いてきました。『新しい腕はないでしょうか?』」
スリランカの前活動責任者、アンマリー・ルーフへのインタビュー
http://www.msf.or.jp/news/2009/04/1757.php

アムネスティ・インターナショナル
病院に対するクラスター爆弾使用は卑劣な行為
http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=597
民間人の犠牲が増え続けている
今週だけでも民間人数百人が犠牲になったという情報もある。
http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=645

国際協力銀行(JBIC)のスリランカの内戦の分析レポート
http://www.jbic.go.jp/ja/investment/research/report/research-paper/pdf/rp24_j02.pdf

アルジャジーラの動画(Youtube)
http://www.youtube.com/watch?v=ixWd9P5_0wY


ミクシィ/コミュニティ
世界の肖像より
[PR]

by eremiya2002 | 2009-05-30 00:02 | 最近の世情・事件 | Comments(3)

中学生の娘

う~む

自分が若かりし日の事はすっかり忘れてしまうもの。
どうだったけぇ?中学校くらいの女子って。
うちの娘、転校生として某小学校で半年過ごし、
テキトーに学校一緒にいく子とか出来て
とりあえず登校も部活もその子が一緒と行くようになったのだけど、
結局のところ、ここに来てどーも性格が合わないらしい。
まあねぇ、小学校では既に作り上げる時間も
人を選ぶ余裕もなく終わって、そのまま中学校だもの
ムリがあった訳だよね。

さて、一緒につるむ子って、どんなだった?
話の合わないメンドーな人とでも、適当に一緒にいるもんだっけ?
グチャグチャ言って陰でゴソゴソ言っては
ウチの娘にいちゃもんつけて、
また一緒にくっついてくるって感じみたい。
私は学校にちゃ~んと言ってないので全然わかりません。
30近くなってから色々学びましたので・・・(笑)

とりあえずウザイらしい。
(実は、この子のかーちゃんも私的にウザイので
私は結構逃げ回ってテキトーにやっちゃってる・・・)

ただ、部活で帰宅も遅いし(最近8時近くよ!!)、
一人で帰って来させるにしてもねぇ・・・

ところで
[PR]

by eremiya2002 | 2009-05-29 23:51 | 娘17歳 母子家庭 | Comments(2)

自己否定感

私が持っている自己否定感、
娘が持っている自己否定感、

これは、私が受け継がせたものなのに、
受け継がれた人は、その責任から逃れられない。

もっと掘り下げて言えば、

私の自己否定感は、父や母から受け取った自己否定感。

AA(アルコホーリクス・アノニマス)では、
アル中は3代続くなんていいますよね、
聖書には、「その咎は3代、4代まで問う・・」(←文章間違ってたらごめんなさい)とあるので
そこから引用したようですね(現実、そうだから聖書を立証してくれたようなモノ、かな?)。

アル中に限らず、問題は代々受け継がれ、3代めあたりは
「どうすべきか」と言う命題にぶちあたるもの。

私は、どうしてだろうと悩むことなく
自分が3代目である事がすぐわかり
(だって、ひっどい人生送って、最低な人間だったから
・・・クズのような人間と思っていた親よりも、最終的に酷かったから)

正気になり始めてから、私の代で何とか最悪なものだけでも
神様に取り除いてもらおうと、現在も前進したり後退したりしながら
日々を過ごしていますが

もうひとつの問題、「虐待」の回復と共に育ててきたので
。。。。回復は緩やかだったり急速だったりしましたが
その過程はやはり長くかかり、また、気分が落ち込むと再発しがちだったので
そういう後遺症が娘に出てるのが良くわかります。

そんな時、とても怖くなります。
そして、瞬時に何とかしようと焦り、弱い私も、弱い娘も憎くなり
自分自身も責め、また更に娘の体に八つ当たりする事もしばしば。

娘が中学生になって、一気に忙しくなり
自立がぐんぐん進み、私の自由な時間が増えてきた事もあるし、
また、過去ずっと意思の疎通が出来なかった母親の協力を
今の生活の中で(具体的には生活資金)得る事が出来るようになって
やっとすこーし落ち着いて来た今、

これから、娘に受け継がれた課題を目の当たりにすると
胸がぐっと締め付けられる思いになります。

でも、この子にも信仰が産まれる事を信じようと思う。
今も勿論思いを馳せる事はあるだろうけど、
雷に打たれるような、体中を抱かれるようなアノ経験を
彼女もする事ができるって。


子育てに悩む人には、是非その子供に信仰を持つ備えを
させてあげて欲しいと思います。
賢く立ち回れる人は全く必要なしだと思うけど
心底自信がなくて怖い人は、小さいうちに(自分が信じて無くても)
何らかの形で教会に行くようにさせてあげるといいと思う。

そうすると、引き出しの中に沢山聖書の知恵をつめてもらえる。
今はまだ全く開けないその引き出しは、
人生の苦しみの時、悲しみの時、必ず開けるときが来て、
何の方法よりも解決と力を生んでくれるから。

話戻して、この経験から来る自己否定感は、
野放しにすれば、これからの人生を支配する重い足かせ
信仰を持つ為の道具と理解すれば
それは感謝すべき持ち物となると思います。

自分の経験から
[PR]

by eremiya2002 | 2009-05-25 00:09 | 娘17歳 母子家庭 | Comments(0)

大黒ふ頭で虹をみてるのか

シーガーディアンで今夜は酔わされるのかもね。
うちの同僚は。

いやだなぁ、副本部長と不倫している女と仕事するの・・・
仕事は独占してなかなかおりてこないかから、
人間関係も制限されちゃうし。。。

なにより、んーーな事されているなんて去年の今頃
全然わからないで、二人の事凄く信頼してたのにさ。
転勤するかどうかなんて話も、絶対に他言無用!なんて
凄いプレッシャーかけられ
すっごく具合が悪くなりながらガマンしてあるいていたのに、
この人たち、夜な夜なベットでその近況をお話合いしていたのかと思うと

平気な顔して一緒にしごとするの、時折むずかしい。
でも、そうしないと周りが「うまくいってないの?~さん、とっても優しくていい子なのに」
と「他の(バカ)男」が首突っ込んでくるからじっとしているんだ。

神様は、こういう人生を歩む二人に、それなりの人生しか用意してくれないのに。
昔から、どんな事情があろうとも、NGな事はNGで、
その代償も払うのにね。

彼女、特別な不幸を背負って、
今もその家族の問題に左右されて生きる可愛そうな子と言う意識が強くて
でも、それは外に絶対出さないで大人すぎる大人を演じようと(ばれているけどね・・)しているから
バランス悪くなって不倫なんかしちゃうんだよ。

不幸があるなら、世界中の一人ひとりが特別な不幸をかかえているんだよ。
[PR]

by eremiya2002 | 2009-05-16 10:57 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(2)

北朝鮮の拉致事件・・・被害者の安否について

今日のYahooニュースを見ていたら、
朝まで~TVで、田原さんが
横田めぐみさんの事を「もう生きていない」と言ったとか。
有力筋から得た情報との事でニュースに出ていたけど
私も鵜呑みにしている状況とはいえ、
どうしたらいいの・・・・って言う苦い思いになりました。

中学生まで一緒にいた娘が
ある日突然居なくなって、
散々探し続けて歩き続けて、
挙句の果てに
どこぞの関係ない人に、
もう生きてはいないのが事実だとか言われるって

ああ

どんなに辛いだろう。
たとえ、ひょっとしてそれが事実だったとしても。

人間って、弱く愚かね。
私も含め。

単純に、その人の立場になって考えようよ。
はっきりとした事実がない限り
生きていると信じて歩いているのだから。
証拠が出せないのなら、
言わないであげてって思う。
[PR]

by eremiya2002 | 2009-05-11 23:17 | 最近の世情・事件 | Comments(2)

母の日

c0040067_16544830.jpg

母の日に、娘からもらいました☆可愛くて最高です!
[PR]

by eremiya2002 | 2009-05-10 16:54 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(4)

給与カット・人員削減

とうとう、我社でも給与カットの他、人員削減が始まります。
給与カットはいい。つか当然。
で、人材派遣で勤務している皆さんを、例の如くざっくり削減する予定らしいです。

もし、私の賃金をカットする事で、一人切らなくてよくなるのであればガンバル。つか当然。

なのにねえ、ありきたりの事だけど、経営が危うくなると人員削減って、CSR上矛盾してない?

雇用…すなわち共に生きる事の重要要素なのに。
そもそも、会社なんて砂上の楼閣に過ぎないんだな。所詮、人間が作るものとはこの程度よ。

どんな状況でも、前を向いて忍耐し、愛を決して失わず前進しようよね。
[PR]

by eremiya2002 | 2009-05-08 00:23 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(4)