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娘の同級生が

自殺してしまいました。。。


まだ13歳。


学校が始まる、その日の朝。


今日はお通夜に参列させていただきましたが


涙なんて出なかった


私たち親子はそんなです


事の重大さに、


そして、あまりのあっけなさに


残酷さに


呆然としていただけ。



13歳で絶望し、あんな高いところから飛び降りる事を決める


それまでの過程を考えると


かわいそうで、かわいそうで、かわいそうで。


どれだけ苦しかっただろうって。


こんなに近くに住んでいて


何も気づいてあげられなかった


どんなに孤独だったろうって
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by eremiya2002 | 2009-08-27 21:17 | 娘17歳 母子家庭 | Comments(6)

コメントから抜粋です「信じている事に危険が及んだ場合」

私自身がAAにたっぷり漬かってから、教会へ戻った時、

(戻ったとは言え。。。。、その前はほんと遊び程度にしか行ってなかったのです。
理解もしていないし、疑う気持ちが殆どで、信者を鼻で笑うの普通の人でした)

初めてまともなカウンセリングを牧師にしてもらったのですが、
その際、牧師から
「あなたは価値のある、素晴らしい存在の人ですよ」と言われました。
私はすぐさま悪寒がし、
「私は素晴らしい人である前に、アルコール依存症者です」と
感情を全く出さないで、牧師の無知を上から見下ろすに近い気持ちで
言い放った事を覚えています。

その日、AAの問題点(当時、AAメンバーをサポートした聖公会の当時のサポートの問題点や、
AAを通して神を学ぶ時の歪んだ認識、そのデメリットなど)をさらさらと沢山書いてある厚い本を渡され、
「是非読んでみて」と言われ、半分も読めないで具合が悪くなり、
次の日誘われていた教会の行事は勿論、暫く顔を出せなくなり、数日不眠にうなされました。
本当に辛かった。


信じている事に危険が及んだ場合、また、真っ向から否定される時・・・・・

そう信じるまで、その価値観を確立するまでに
非常に苦労も努力もしている場合はなおさら

人間はかなり感情的に乱れるし、体調も崩します。

私が今回注意した彼女もそうでしょう。

激しい抵抗感も生まれるし、楽しくもありません。
そういう風に心を乱した人間を否定したくもなるし、
関わりを切りたくもなります。切る時もあるし。

自分の信じているモノが否定されたり、拒絶されたりする事に対して
耐性のある人なんて、いないですよね。
私も、あの牧師め。。。。と、私も今でも思います。その時の辛さを思うと。

キミがイエス・キリストを信じた過程と、私がAAを信じた過程、この価値を確立するまでの
重みがチゲーんだよ!と、戻って言ってやりたいくらいです。

ただ、自分にとって本当に本当に必要なものは
無理に取り入れなくても、自然にスッと入って来て、
凄く大切に持っていたものでも、あれこれ邪魔じゃない?と
急に不必要さに気づく時が多くあり

つまり今は、良かったな。と思っています。


だから、何も恐れず、そして、何か急いで取り入れる事もせず、
ただ、それぞれの人にそれぞれのペースで必要なものを
神様が与えてくださると信じれば良いと思います。

時折、人を通して大きなバケツが頭上から落ちてくるような時は
誰でもありますから、それは課題として脇に置き、
与えられた時間内で考えればいいと思うんです。

何事も一理あり、ですから。良いものまで排除しないようにしたいですね。
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by eremiya2002 | 2009-08-22 00:31 | クリスチャンとしての私 | Comments(2)

何で遅くに投稿しているかというと

お金がなくて副業しているからです。
いつもの事ですね、思い起こせば。
仕事一つじゃ食っていけません。
働けるからだがあることは、大きな感謝なのですから、
良く働かなくちゃね。

そして、せっかくのお盆なのでいっぱい投稿しておきます。
私はこのフランシスコの祈りが好きなのです。
辛い時や、つまずいた時、この祈りが良く頭の中に出てきます。


神よ、わたしを、
あなたの平和のために用いてください。
憎しみのあるところに、愛を
争いのあるところに、和解を、
分裂のあるところに、一致を、
疑いのあるところに、真実を、
絶望のあるところに、希望を、
悲しみのあるところに、よろこびを、
暗闇のあるところに、光をもたらすことができるように、
助け、導いてください。

神よ、わたしに、
慰められることよりも、慰めることを、
理解されることよりも、理解することを、
愛されることよりも、愛することを望ませてください。

わたしたちは、
与えることによって、与えられ、
すすんでゆるすことによって、ゆるされ、
人のために死ぬことによって、永遠に生きることができるからです。


英文


LORD,
make me an instrument of Your peace.
Where there is hatred, let me sow love;
where there is injury, pardon;
where there is doubt, faith;
where there is despair, hope;
where there is darkness, light;
and where there is sadness, joy.

O DIVINE MASTER,
grant that I may not so much seek to be consoled as to console;
to be understood as to understand;
to be loved as to love;
for it is in giving that we receive;
it is in pardoning that we are pardoned;
and it is in dying that we are born to eternal life.


-------------------------------

この、
and it is in dying that we are born to eternal life-

がとっても奥深くてね。。。

犠牲になって死ぬって言うのは最終的な状態ですが、

精神や行動のレベルだと、そこかしこにその精神で行くべきか
そうあらざるべきかと悩んだり、突入したりする事があります。

突入する際

それは、人に賞賛されながら突入する場合はまだ良いのです。

ただ、難しい問題にチャレンジする時は、
人の深い部分に進入していく時は、
この小さなere本人も辛い上に、回りも激しく非難したりする
(結果オーライになるにしても)ので、
そこを通る時が、非常に信仰を試されます。

人を注意する時は、覚悟が大切と思ってます。
嫌われない程度の注意では、軌道が修正できない時も多いから。


社内で、他の部門が酷く荒れていたのですが
私は聞き役でした。そして当たられ役でもありました。
期が熟すのを待って、状況と傾向と質を見極め、
ひと突きしました。

された人はたまらないですよね。それは、されたことがあるからわかります。

でも、突く以上は関係を絶つ覚悟、
問題が大きいと確信した時は
自分が傷つかないように仲良い関係を保持する事を
優先順位の1番には出来ません。

飲み屋のホステスのような事は出来ません。
安い慰めを売りません。
だから、自分が良い人間だとも思っていません。

私を好いて欲しいと言う本能のような欲求は
捨てないと、種は撒かれない。
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by eremiya2002 | 2009-08-14 03:32 | 私の事(つまり日記デス) | Comments(8)

26歳か、27歳の時

お兄ちゃんと離れ離れになって2年か、3年か
その間の事って、あまり記憶がありません。

小学生の頃から発症していた病気が末期を迎えていたころ
Dr.には、このままだと、次私に会いにくる時は

「その娘さんも一緒には来れないかも知れませんね」
なんていわれたことがありました。

その後の人生は病気と共に生きる事に
向き合わなくてはいけない、ハードなものになりました。
甘えの許されない、徹底的に頭を醒ます為の

手厳しい、苦渋に満ちた訓練。
うなされてノイローゼになった日々、数知れず、
病気に対する周囲の「無知」が応え、
全ての人とのつながりを捨て
病気と生きる事に全てを使った10年でした。


話はさかのぼって、お兄ちゃんと離れる前、

「今のereちゃんの様な状態で
無理に子育てすると、2人の人生をつぶす事になるね、
育ったは良いけど、精神が酷く病んだ状況になるだろうね、
そんな子育て、分かっていて続けるのかい?」

といわれた事もありました。

誰にも言われたくない、
がけっぷちの状況で子育てしてました。

3人で死のうと考えている頃でして、

その意見に「だったら何とかしてくれんのかよ!!」と
物凄く頼りたい気持ちと、食い下がりたい気持ち
(いや、辛くて食い下がる事なんて出来なかったかも)で

グチャグチャになって、ウツが悪化して何ヶ月も苦しみました。

でもそれは最奥の私が一番感じていた事実で
多くの人に後ろ指をさされ、両親からもなじられながら
お兄ちゃんを前の夫に託しました。
今年は、中学3年、受験生。


何もかもを捨てて、
小さい頃から、身体的な虐待と、ネグレクトの行ったりきたりの家庭で育った私、
学生時代の思い出ゼロ、暖かい家庭の思い出、ゼロ
人格は崩壊し、社会的なコミュニケーションが全くダメになってしまった私が、
「人間」になる為にした努力は過酷でした。

25歳まで、手つかずの病気は深刻だったと今振り返っても怖い。
だから、30歳で本格的にイエス様に会えたのは、神様の大きな憐れみでした。



出産後、退院して帰る道で、夫から車外へ放り出されて
何キロも歩いてきた事もありました。

出産前に、汚れた家の娘だし、ウチの金を狙っているらしいから
お金は払うので赤ちゃんはおろしてね、といわれた事もありました。



悪い先輩に目をつけられて、
リンチに遭い、服を剥ぎ取られて川へ投げ捨てられる寸前に、
たまたま通りかかった別の先輩が気づいて奇跡的に助かり、

警察が来て保護してくれた時、
母は、私の事がいやでいやでベットから出てきませんでした。
外ですれ違って、ハハの側に居る女性が
「アノ子こっちみてるよ」というと
「え、気持ち悪い、知らない人」と言ってました。


父と母が離婚する時、呼び出されたと思ったら
お金あげるからパパに離婚届けかいてもらってきて

といわれた事もありました。


ああ、ほんの僅かな経験の一部ですが
時々ふっと思い起こす時があります。

今はいい、イエス様がいるから、今はいい。
私をそっと抱いてくれるのがわかるから。




知っているよ
だからお前のところに来たのだよ
自力で生きる事も
死ぬ事も出来なくなり
愚かさが私の頭をもたげ
地に這い蹲るようにして歩むおまえだから
会いにきた



そして、私たちが出会うために
そのような目にあわせた



とおっしゃる、あなた。



もう、背負わなくて良い過去。
もう、一人で戦わなくていい人生。


イエス様、今年息子は受験生なんですよ。
去年は、一瞬だけ10年ぶりに見れた。
あの時は、体が凍り付いてしまって
それから1週間、言葉が出なかったんですよ。

10年と言う、時の流れの重さ
もう取り戻せない、10年。
私を思い出して、海を眺めた事もあったんじゃないかな。
なんて思いあがったりすると

胸がギュッとしまって

でも、新しいお母さんいるからな
邪魔しちゃいかん
いつか会えるとかじゃない
一生涯会えない、覚悟をしないとねと
そしてその人生を

神様に有難うと、言わないとねと
息をすっっってすうんですよ。

力を抜いて、
全て通らなくてはいけなかった道、
全てが計画されていた事
この経験を通る事、生かすことが本来の目的、

なんで私がこんな目に、って思わない
さあ、切り替えてポジティブに行くんです。

がんばるんじゃなくて、委ねるんです。
全てのことのコントローラーは、私ではなく天の父だと。
気にかかるあらゆることを。
私に委ねられているのは、「今」だけ。

それも、神様、あなたの代理人なだけ。
私を遺し、私をアピールする、私の人生から
私は助けられた。

でもそれが、私の人生を豊かにし、重荷を軽くし
人とのつながりを強くし咲かせてくれてる。
物凄い真理に私は捉えられました。


こういった種の犠牲無くして愛は生まれない。



聖書を読んで知りました。

神様は人間から信頼が欲しいと思ってくださっている方。
信頼していない人間は、良いものをもらっても受け取らず、

大概は

「欲しいものはコレではない」と

人生を嘆いているものです。
ついこの間まで、その代表のような私でした。
口ではえらそうな事を言っていました。
私はできるちゃんとした人に見られたかったし
そうあるべきと思っていたし
その器が私にはあると思っていましたし。

どこから来た思いあがりだったのでしょう。
人とは何でしょう。その自力で生きようとする思いあがりが
一番の罪なのに。


子供と一緒に生きれなくなって
なおかつ、一般的な家族と過ごす事はない
私の人生に心から感謝します。
寂しさが時々こみ上げる事も、有難う。
生きる限り、感じる心があること、感謝します。

泣く時も、恐ろしさで泣くのではなく
父に抱かれているような気持ちで泣く今の人生は
どんなにありがたいことか。

仙台の街で身寄りなく、ポッと光るろうそくのような二人暮らしですが
その火がなんと暖かく守られているのでしょう。

全ての事を委ねます。
過去のことも、これからの事も。

神様は全てを良いようにしてくださるお方です。
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by eremiya2002 | 2009-08-14 03:04 | クリスチャンとしての私 | Comments(0)

ひとまず無事でした

更新サボってしまってごめんなさい。
夏は毎年・・・
鬱になるほどにタイトな日々で、お金もなくて
感情を無くして生きています。

ひとまず娘は無事でした。8月に入ってから郵送で連絡が来て
まだ蛋白は出ているようだったのですが、様子見と言う事になり、
また秋から冬にかけて検査をするようになる予定です。

ホントに今まで聞いたことがないような”しゃっくり”の持ち主でもあり、
辛い”胃痛”の持ち主でもあり、何かとっても疲れやすい子となっていて
不安は漠然と残っています。

でも、何も発見されないし、思春期特有のモノのうちの一つ
とねじこまれるとそこまで。。。。鼻で笑われたりして。

隣のクラスまで響き渡るしゃっくりが思春期特有って言われてもね。
もう3年も続いているし、年を重ねるごとに、良くなることはないのですから

なんか腑に落ちません。
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by eremiya2002 | 2009-08-13 03:05 | 娘17歳 母子家庭 | Comments(2)